暴君の妻に必要なもの[3]
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「ご無事で何よりです」
「…誰に言っている」

ナマエの嬉しそうな声に返した風間の言葉は尊大で、しかしその口調は柔らかい。
風間は緩やかに緋色の双眸を細め、ナマエの頬を親指で撫でた。

「お酒を飲まれるのでしたら、付けて参りますが。でも、今宵はもう遅いですし、」

疲れているならばこのまま休むべきだ、と進言するはずだったナマエの言葉はそこで遮られた。

「……ん、」

唐突に重なった唇。
ナマエが目を丸くし、そしてゆっくりとその瞼を閉じる。
その間、風間はずっと唇を触れ合わせたままでいた。

「酒はよい。今宵はやらねばならんことがある」
「…お仕事、ですか?」

風間の物言いに、ナマエが眉尻を下げた。
その様子に、風間が口角を引き上げる。

「だとしたら、何だ。寂しいか」
「い、いえ!」

頭領である夫の仕事に口を出すなんてとんでもないことだと、ナマエが慌てて首を振る。
その幼子のような所作に、風間は喉を鳴らした。

「寂しくはない、か」

その緋色に、愉しげな光が宿る。
真っ直ぐな視線に晒され、ナマエは目を泳がせた。

「…あの、いえ、」
「申してみろ、ナマエ」
「いえ、そんな。お仕事に口を挟むなど、」
「ナマエ」

風間の声が、僅かに低まる。
ゆっくりと呼ばれた名前に、ナマエは恐る恐る風間と視線を合わせた。

「お前はこの俺を何と認めている。お前の我儘一つ聞けぬ狭量な男に見えるのか」

ナマエの視線の先、金糸に縁取られた美貌が悠然と笑む。

「いえ…いいえ、決して」
「ならば申せ。何を望む」

風間の視線に真っ直ぐ射抜かれたナマエは、やがてゆっくりと飲み込んだはずの願いを口にした。

「今宵は、共に、」

それだけで、十分だった。

「奇遇だな」

そう呟き、やおら立ち上がった風間は、手を差し出してナマエをも立たせた。

「俺も、そう願っていた」

風間はナマエの耳元に唇を寄せて囁くと、そのまま彼女の身体を抱き上げた。
当然、突然のことにナマエが悲鳴を上げて風間にしがみつく。
その様子に、風間は声に出して笑った。

「ちっ、千景様っ!お、降ろしてくださいっ」

上擦った声でそう請いながらも、ナマエの手は風間の着物をきつく握り締めている。
そのことが、風間をひどく満足させた。
風間は部屋を出て廊下を進みながら、腕の中のナマエを見下ろす。

「ならん。仕置きだからな」
「…仕置き、ですか?」

身に覚えのないナマエが首を傾げれば、風間はその緋色を細めて笑う。

「俺の言い付けを破った罰だ」
「そんな、」

ひどい言い掛かりだと、ナマエが眉を寄せる。
だが風間はそんな反応を全く意に介さず、鼻歌でも歌い出しそうな足取りで寝所を目指した。



後に、残されたのは。

「…全く、やれやれだな」
「我々にとって、彼女は最後の砦でしょう」

そう言って酒を酌み交わす、不知火と天霧の姿だった。



暴君の妻に必要なもの
- それは暴走気味な愛を受け止める器 -



あとがき

シャラ様

この度は、20万HIT感謝企画へのご参加ありがとうございました。
頂いていたリクエストは「周囲には横暴でもヒロインには壮大な愛を注ぐ風間」だったのですが…ごめんなさい全然壮大じゃないですよねコレ。なんかもうすごく日常的っていうか。しかも幕末設定でのリクエストだったのに、なぜか明治の夫婦設定という…。その上、周囲への態度との比較を書いていたら、ヒロインちゃんの登場シーンがかなり少なくなってしまって。色々と期待外れで申し訳ありません。リクエスト自体が初めてとのことでしたので、何たる光栄、と思い頑張ったのですが…私の文才ではこれが限界でした。ご笑納下されば幸いです。
素敵なリクエストをありがとうございました。これからもよろしくお願いします(^^)



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