そんな貴方を愛しく思う[3]
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「…先日の言葉は虚言か、」

起き上がり、乱れた着物を直していた私に向かって。
ぽつり、と掛けられた問い。
その声からは先ほどまでの不機嫌さが消え失せ、代わりに深く沈み込むような色が混じっていた。

「先日の、とは?」
「…お前が俺の元に嫁ぐ、と言った日だ」

その言葉に、私は驚いて目を瞠った。
なぜ今になって、その決意を疑われなければならないのだ。

「まさかっ、どうしてです?どうして嘘だなどと、」

あれほどまでに悩み、それこそ人生を懸けて下した決断だというのに。
どうしてこうも簡単に疑われてしまうのか。
いよいよ悲しくなって俯いた私に、しかし私よりも悲しげな口調で千景様は言った。

「嘘ではないと申すならば、なぜ他の男などを求める」
「……他の男、ですか?」
「この俺と共に生きると言うならば、他に良縁などいらんだろう」

良縁。
その言葉に、私の中で全てが繋がった。
あの懸想文のことだ、と。

「見ていらしたのですか?!」

そう聞いた瞬間、千景様の視線がより鋭くなる。

「左様。さて、この状況でまだ言い訳を、」
「あれを買ったのは私ではありません!」

私の大声に、千景様が口を噤む。
その隙に、私は早口で事と次第を説明した。
これ以上誤解されては堪らない。

「あの懸想文を買われたのは姫様です。私は懸想文売りというものを今日まで知らなかったので、姫様が見せて下さったんです!」

そう捲し立てれば、千景様は目を見開いて。
やがて、ぽつりと呟いた。

「…だが、あれを持って笑っていたのはお前だ」

その言葉にあの時のことを思い出し、私の中に恥ずかしさが込み上げる。
しかし言い逃れを出来そうな状況ではなかった。

「…姫様が、良縁の相手は千景様みたいな横暴な方は嫌だ、と仰ったので。…その、千景様は本当は、お優しいのに、と」

貴方のことを思い出して、笑ったのだ、と。
あまりの恥ずかしさに、俯きながらそう告げた。
しかし、いくら待ってみても返答がない。
このように恥ずかしい台詞を言わせておいて自分は黙るなんて、と顔を上げて。
私はそこに、信じられないものを見た。

「……ぁ、」

そこには、口元を手で覆い、目元を赤く染めて視線を逸らした千景様がいた。
これは、千景様も照れているのだろうか、と。
そう気付いた瞬間、思わず笑ってしまった。

その途端、千景様に思い切り睨まれたのは、まあ当然の流れだと思う。
そして、赤く染まった顔で睨まれたって少しも怖くなかったのもまた、当然だと思う。



意外と可愛いところもあるかもしれない、と。
千景様の新たな一面を見た、そんな出来事だった。



そんな貴方を愛しく思う
- 惚れた弱味と誰かが囁いた -




あとがき

はじめ大好きママ様

真夏だというのに正月ネタという、まるで季節感を無視した話になってしまってすみません。長編をお気に召して下さったとのことで、その番外編的なものを書いてみたのですが。あの長編第一部自体が秋から冬にかけての話ですので、こんなことになってしまいました。
そして、ちっとも「ライバル出現」にならなくて本当に申し訳ありません。ストーリー上、天霧不知火をライバルにするわけにはいかないし、時系列的に新選組を出すわけにもいかない。そうなるとオリキャラでいくしかないのですが、ちー様と張り合えるようなオリキャラを創り出すことが出来ず…まさかの「不特定多数」になってしまいました。リクエストに全くお応えできていなくて、本当に申し訳ありません。
そして書き終えてから思い至ったのですが、この「ライバル出現」はちー様のライバル、という解釈で大丈夫でしたでしょうか。も、もしかして、ヒロインちゃんのライバル、ということでしょうか。そうだとすると、全く違う話を書いてしまったことになるので…もう何と言ってお詫びすればいいのか。その場合はすぐさま書き直させて頂きますので、遠慮なくお申し付け下さいね!!
色々と不安要素が満載なのですが…お気に召して頂ければ嬉しく思います。この度は、リクエストをありがとうございました(^^)



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