抱いた夢の果てに[2]
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ナマエは、良くも悪くも男を知り過ぎてやがる。
あいつを落とすのは、俺でも難しいだろうよ、と。
副長は仰った。
そんな彼女に、俺ごときが振り向いてもらえるはずがないのだ。

俺はこれまで、色事とは無縁の生活を送ってきた。
好いた女子などいなかったし、そもそもそういったことに興味がなかった。
貰った恋文や女子との情事を声高に自慢する男を見ても、何とも思わなかった。
一生独り身を通すつもりであったし、色恋に耽るつもりもなかった。
酒の席で語られる性愛の技巧など聞こうともしなかったし、その手の経験がないことを恥だとも思ってはいなかった。

しかし彼女に出逢い、彼女に惚れたことに気付いた途端、俺のその凝り固まった考えは脆くも崩れ去った。
今更になって後悔する。
彼女を振り向かせることが出来るほど経験の豊富な男であれば、どれほど良かっただろう、と。
このような、女子の悦ばせ方一つ知らぬ小童のような俺では、彼女には届かぬ。
しかし彼女を好いてしまった今となっては、まさか他の女子を抱いて経験を積む気になどなれるはずもなく。
俺は途方に暮れた。

だからこそ、このような常識を逸した副長の提案に頷いたのだ。


「でも、初めてが私みたいな年増女で本当にいいの?」
「…か、構わぬ。その、あんたさえ、嫌でなければ、だが」

確かに彼女は数えで二十を越えている故、年増女と呼ばれる年齢ではある。
だが俺は、彼女が俺よりも年上だということすら気にしたことはなかった。
無論、そのせいで余計に男として見られないことを切なくは思ったが、彼女の年齢自体は気にならなかった。
娘と呼ばれる時期は過ぎたかもしれぬが、彼女は嫋やかで美しかった。

「そう。なら、始めようか」

す、と彼女が目を細める。
不意に空気が噎せ返るような色を纏った気がして、俺は彼女から目を逸らした。

「よ、宜しく頼む」

彼女の認識の中では、俺は任務のために彼女から色事を教わる男、という立場だ。
故にそう言って少し頭を下げれば、彼女が笑う気配がした。

「…まずは接吻を」

その言葉に顔を上げる。
そこには、右手を俺に向かって伸ばした彼女が艶やかに微笑んでいた。

「せ、接吻…か、」
「もしかして、それも初めて?」

硬直した俺に、彼女が首を傾げる。
俺は言葉に詰まり、何とか頷くことでその返事とした。

笑われるだろうか。
この年で、接吻の一つもしたことがないなどと。

あまりに恥ずかしく、顔に熱が集まったのが分かる。
部屋がもう少し明るければ、彼女に気付かれていただろう。
しかし彼女は驚いた様子こそ見せたものの、俺を笑いはしなかった。

「手を、」

一言そう促され、俺は左手を恐る恐る伸ばして差し出された彼女の手に重ねた。
途端、緩やかだが有無を言わせぬ雰囲気で引き寄せられる。
急に接近した身体に、心の臓が早鐘を打った。

「目を閉じて」

まるで何かを誘い込むような声に促され、俺は言われた通りに瞼を下ろす。
その瞬間、唇に触れた温もりに肩が跳ねた。
重ねられた唇は何故か少し甘く、そして柔らかい。
やがて彼女の唇が俺の下唇を挟み込むように食み、角度を変えて何度も触れては離れてを繰り返す。
時折唇に掛かる彼女の吐息に、眩暈がしそうだった。

幾度目かの、唇が離れた瞬間。

「少し、深くするね」

唇が触れるか触れないかの距離で、そう囁かれ。
その言葉の意味を理解する前に、もう一度口付けられた。
そして、彼女の舌が俺の歯列をなぞる。
驚いて口を開けたその隙を突くようにして、彼女の舌は俺の口内に入り込んだ。
舌で舌先を突つかれ、かと思えば全体を絡め取られる。
唾液が混じり、息の仕方さえ分からなくなりそうだった。

「…んぅ…っ、はっ、」

最後に上顎を這った舌がするりと消え、唇が離される。
すっかり息の上がった俺を見つめた彼女の瞳が、面白そうに細められた。
その漆黒に、捕らえられる。
固まった俺の方へと、伸ばされた両手。
気が付けば彼女の両手に頬を挟み込まれ、もう一度口付けられていた。
今度は触れるだけの、浅い接吻。

どくん、と心の臓が震えた。



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