貴方の愛に堕ちてゆく[1]
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私のこれまでの人生は、それはもう平々凡々で人並みで平均的で一般的だった。

どこにでもあるような普通の家庭に生まれ、特に大きな問題も悩みもなく育ち、平凡な大学をこれまた平凡な成績で卒業し、ありきたりなしがないOLとなって早数年。
仕事はそこそこ楽しいし、職場の仲間にも恵まれている。
毎日すごく幸せかと聞かれれば答えに詰まるが、だからと言って毎日つらいかと聞かれれば答えは否。
つまるところ、ありきたりで凡庸な女を見事に体現しているわけだ。

…体現している、わけだった。
はずなのだ。
つい、この間までは。


「ナマエ、何を考えている」

そんな日常は、ある日突然崩された。

「この俺と共におりながら、他事を考える余裕があると言うのか」

この、傲岸不遜を地で行く、恐ろしく傍若無人な男の手によって。

「…別に、大したことを考えてたわけじゃ、」

私の勤める会社の親会社にあたる、風間コーポレーションの社長。
その外見、手腕、ついでに態度の大きさも全てが歴代の社長を上回るという、社内外を問わず有名な。
この、風間千景という男。

ある日突然私の前に現れたこの男は、顔を合わせた瞬間に名前も名乗らずこう言ったのだ。

お前は俺の妻になる運命なのだ、と。

何をどう考えても異常としか言いようのないその台詞を皮切りに、私の平和な日常は崩れ去り、そして波乱万丈な人生が幕を開けたのだった。


「ほう、大したことではないと?ならば、何を考えていたのか説明できるな?」
「……どうしてこうなったのかなあ、なんてことを、少し」

金があり地位があり、ついでに恐ろしく整った顔立ちをしている。
性格と行動には多いに難ありだが、それにしたって一般庶民から見れば雲の上の人のような存在であるこの男は。
一体全体、どうして私なんかに目をつけたのだろう。

私はぼんやりと、目の前に広がる景色を眺めた。

街の夜景を一望できるこの場所は、誰もが知っている超高級ホテルのエグゼクティブルーム。
気後れするほど華やかなベッドルームだけでも、一人暮らしをしている私の家より大きいのは明らかだ。
キングサイズのベッドの脇には洒落たテーブルと、二脚の大きな肘掛け椅子。
その椅子にちょこんと浅く腰掛けて、夜景を眺める私。
そんな私を眺めるのは、私とは対照的に深く腰掛けた椅子の肘掛に腕を乗せて、赤ワインの入った大きなグラスをゆったりと回す風間さん。
さり気なく組まれた脚が、恐ろしく長い。

「どうして、だと。…ふん、今さらそのような分かりきったことを」
「あのですね。私にはちーっとも分からないんですが!」

パノラマの夜景から目を逸らし、風間さんの方を見てみれば。
獲物を見つけた捕食者みたいに、そのワインと同じ赤い色の双眸が細まった。

「お前は、この俺に嫁ぐ運命なのだ。このように単純明快なことを、お前は一体何度言わせるつもりだ。それとも何か。お前はそうやって、俺の気持ちを確かめたいのか」

そうか、愛の告白を何度も聞きたいのだな、と。
風間さんは、それはもう愉しげに笑った。

どうして。
どうしてそうなるの。
この人は、かの有名な風間コーポレーションの社長ではないのか。
社長というのは馬鹿でもなれるものなのか。

「いやだからあのですね、その運命っていうのがよく分からないんですけど」
「今は分からずとも良い。いずれお前にも、この俺が運命の相手なのだと理解する日が来るであろう」

埒が明かないとはまさにこのこと。
そうなのだ。
風間さんは私の前に現れたその日のうちに、私の返事やら反論やらなど一切聞かずに、今日からお前は俺の婚約者だと勝手に決めつけ、交際をスタートさせてしまった。
こんな一方的な話があるだろうか。

当然私は出会ったその日に見知らぬ男と婚約するような酔狂な女ではないのであって、会う度に婚約などしないと言い続けているのだが。
まあ、暖簾に腕押し、糠に釘。
一向に耳を貸してもらえない。
それどころか、毎日のように呼び出され、それを無視すればオフィスのビルにピッカピカのポルシェが横付けされ、ホテルに拉致される始末。

どうやら私に拒否権はないらしい。



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