Y-まだ明けない-[3]
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「分かりやすいな、お前」

そう言って、苦笑い。
そうか、ナマエか。
驚いたけど、ちょっと納得もした。
そういえば初期の頃から、つんけんしていたバニーもナマエにだけは友好的だった気がする。

「すみませんね分かりやすくて」

バニーは完全に拗ねてしまったらしい。
外方を向いてワイングラスを回している。

「そっかそっか、バニーちゃんがナマエをねえ」

しみじみと呟けば、バニーはますます頬を染める。
本当に初な奴なんだと実感した。
もしかしたら恋愛経験なんてゼロなのかもしれない。
こんな話を本人に確かめるつもりはないが、多分童貞だし。

「で、告白したわけ?」

人の恋愛をからかうつもりはないが、興味はある。
何より、大事な相棒の初恋なのだ。
出来るならば成就させてやりたかった。

「…そんなの、僕には無理ですよ」

不意に、バニーの声音が変わった気がした。
顔を見上げれば、ひどく暗い表情で自嘲気味に笑っていて。

「なーんで」

いつもの自信たっぷりなバニーは、どこに行ってしまったのか。

「…どうしていいか、分からないんです」

そう言ったバニーの声は、ひどく頼りなく。
縋るものを探す幼子のようで。
静かな驚きがあった。

「僕は人を好きになったことがない。こんな気持ちは知らない。なにから始めればいいのか、分からなくて」

その言葉にようやく、最近バニーの元気がなかった本当の理由を知った。

「僕はナマエさんのことを何も知らない。虎徹さんとは違うんです」

きっとバニーはまだ気づいていないのだろう。
それが嫉妬だということに。

「俺らはただの腐れ縁だよ。9年も一緒に働いてりゃこんなもんだ」

ナマエと俺が男女の仲だったことは1度もないし、お互い意識したこともない。
ユアは生前の友恵とも仲が良かったし、楓のことも可愛がってくれている。
気の置けない、大切な友人だ。

そんなことは、バニーにとって何の慰めにもならないと分かっていたから言わなかったが。

「…怖いんだな、バニー」

人に関わろうとすること。
人を好きになること。
人を求め、求められたいと望むこと。
1度全てを失ったからこそ知っている痛み。
繰り返したくないと、無意識に働く防衛本能。
拒絶を繰り返し、独りで生きてきたから。
どうやって人を知ればいいのかも分からない。
だが、心は正直に相手を求める。
欲しい、だが失うのは怖い。
相反する感情を持て余して。

「なあ、バニー」

少しなら、俺も分かる。
だが、バニーにしか分からないこともある。

「お前の恐怖を、俺はきっと分かってやれない。だが、お前に分からないことを俺は知っている。…いいかバニー、人を知ろうとすることは、何も怖いことじゃないんだ」

いつか失ってしまうかもしれない。
それは変えようのない事実だ。

「お前の力はもう、奪うためのものじゃない。守るためのものなんだろ?」

でも、だからこそ俺たちは戦う。
精一杯を尽くす。
大切なものがあるということは、そういうことだ。
そのためにまた、強くなれる。

「怖がるなよ、バニー」


どうか、どうか。
この怖がりで淋しがり屋な青年に幸せをと、柄にもなく祈った。


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