触れたい背中[3]
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さて、奥の手だ。

ナマエは心の中でそう呟くと、ゆっくりと顔を上げた。
土方の背後から彼の手元を覗き込み、その手の筆が紙の上から移動した瞬間を見計らって、そっと舌を出した。
その舌を、つ、と土方の右耳の後ろに当てる。

「ーーーっ、」

土方の身体が大袈裟なほど跳ね、手の中の筆が文机に落ちた。
ナマエの配慮の甲斐あってか、それが書状を汚すことはなかった。

「ばっ、お前、なんのつもり…っ、」

土方の怒声を封じるように、ナマエはそのまま舌を耳の淵に這わせた。
土方が大きく息を呑む。
形の良い耳朶まで舌でなぞり唇で食み、そして嬲った。
ちらりと視線だけで土方の様子を窺えば、文机の上に肘をついて何かに耐えるように握り拳を作っている。
ふ、と息を吹きかければ、その手が震えた。

「ね、土方さん…」

その耳に囁きかける。
乗って下さい、この誘いに。
そんな意味を込めて、両肩に掛けていた手を鎖骨辺りまで滑らせる。

「く、そ…っ」

悪態をついたその唇から、熱い吐息が漏れた。
あと一歩だ。
ナマエは心の内でそう呟くと、ぐ、と自分の胸を土方の首筋に押し付けた。
そして、耳に触れていた唇を少しずつずらした。
米神に、頬骨に、そして頬の柔らかい部分へと。
口付けを落としながら彼の唇を目指す。
じわりじわりと、追い詰めるように。
もどかしいほど小刻みに近寄って、いよいよ彼の唇に触れると思ったその時。

「…ナマエっ!」

不意に土方が勢いよく振り返り、ナマエが気付いた時には彼女の唇は土方のそれに塞がれていた。
荒々しく蹂躙するように、深い接吻が齎される。
土方の舌がナマエの舌を絡め取り、息も出来ないほど唇を密に触れ合わせて。
全てを奪うように、土方はナマエを攻め立てた。

息も絶え絶えになった頃、ようやく離れた唇。
ナマエが必死で息を吸い込み呼吸を整えようとするその間に、土方は彼女を畳の上に押し倒した。

「覚悟は、出来てんだろうな」

見上げれば、欲情に濡れた深い紫。
熱い吐息が降ってくる。
顔の横に垂れた長い黒髪に、ナマエはゆっくりと手を伸ばして。
その毛先に、そっと指を絡めた。

「…何を、今更」

ナマエがそう答えた途端、もう一度降ってきた唇。
吐息も、熱も、劣情も。
全てを共有するかのような、接吻。
ナマエはゆるりと目を閉じて、大きな背中に手を回した。


休んで下さい、とは言えない。
土方の志を、折るわけにはいかない。
だからこうして、彼が、仕方なくお前に付き合ってやったんだ、と言えるように。
その誇りを、その信念を曲げることのないように。
不器用な男を甘やかす、唯一の術。

上り詰めて果てて、眠る男を見下ろして。
ナマエは柔らかく微笑んだ。

「…おやすみなさい、土方さん」

どうか、いまこの時だけは。
良き夢を、と。
ただ、それだけを願った。



触れたい背中
- それはあたたかく、確かなもの -




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