瞼の裏にはあの日の僕ら
bookmark


日が落ちかけた、午後5時半。
もう授業なんてとっくに終わっていて、校舎の中は閑散としていた。
夕日を取り込む窓の向こうから、野球部の掛け声だけが聞こえてくる。

教室の1番後ろ、自分の席に座って日誌を書いていた。
今日はすぐに帰るつもりだったのだけれど、数学の先生に捕まってしまい、資料を運ぶのを手伝っていたのだ。
断ることもできたのだけど、数学の先生にはずいぶんお世話になっているから快く引き受けた。

1年前、高校1年の2月という中途半端な時期に転校してきた時、以前の学校とは違うカリキュラムで困っていたところを助けてくれた先生なのだ。
放課後に何度も補習をしてくれて、なんとかこの学校の授業にもついてこれるようになった。

手伝いを終えてから、教室で日直当番の仕事をこなす。
あとはこの日誌を書けば終わりだった。
日付と名前、今日の授業。
思い出しながら、シャーペンを走らせていると。
不意に、教室の引き戸が開く音。

振り返ればそこには、長身のクラスメイトが立っていた。

この学校に、彼を知らない人はいない。

ブロンドの髪というだけでも目立つのに、抜群のスタイル、整った顔立ち。
テストの成績はいつもトップ、運動神経だって抜群で。
彼はいつだって人目を引いていた。
学校中の女子の視線を独り占めしているというのに、彼女の噂なんかは聞いたことがない。
いつも教室で一人、難しそうな本を読んでいる姿が印象的だった。

「バーナビーくん」

私は、彼と話したことがあまりない。
お互い、視線が合えば挨拶を交わす程度の仲だ。
しかし、このシチュエーションで無言は気まずい。

「どうしたの?」

そう聞けば、バーナビーくんは人差し指で眼鏡を押し上げた。

「生徒会が長引いてしまって」

その言葉に、ああ、と納得。
そういえば彼は生徒会の役員だった。

「大変だね」

自分の机から教科書やらファイルやらを出して鞄にしまう姿をしばらく見ていたが、返事がなかったので日誌に視線を戻した。
寡黙というわけでもないが、彼はあまり人と話したがらないらしい。

今日の欠席者の欄に、名前を書き込む。
あとはホームルームの内容を書けば終わり、というところで。
不意に手元が暗くなった。

驚いて顔を上げれば、目の前にバーナビーくんの姿。
てっきり帰ったものだと思っていたのに、あろうことか彼は私の前の席の子の椅子を引いて、横向きに腰掛けた。

「ミョウジさんは、どうしたんですか?」

そう言って、私の手元を覗き込んでくる。
なんとなく恥ずかしくなって慌てて隠してはみたものの、それがなんなのかは分かってしまったみたいで。

「ああ、日誌ですか」

なんて、彼は頷いていた。
こんな至近距離は初めてで、気恥ずかしい。
近くで見れば一層、バーナビーくんは美しい顔立ちをしていた。

「あの、」

どうしたの、と聞くのも変な気がして、口ごもる。
そのまま、逃げるように手元に視線を落とした。
続きを書く。
目の前の存在が気になって、思うように進まないまま、のろのろとシャーペンを動かしていると。

「もう終わりでしょう?」

そんな私の戸惑いを知ってか知らずか、バーナビーくんは話を進めていく。

「うん、もう」

しどろもどろに答えると、バーナビーくんは突然立ち上がった。

「じゃあ、それを出したら一緒に帰りましょう」

その言葉の意味を理解するのに、しばらくかかった。

「え?」

見上げれば、バーナビーくんの翡翠が見下ろしてくる。
どうしてそうなったのか、全くわからなかった。

今まで一緒に帰ったことなんてない。
そもそも、お互いの家は同じ方向なのだろうか。
それすら怪しい。
彼のことだ、きっと私とは違って高級住宅街に住んでいるに違いない。

「えっと、一人でも大丈夫だよ?」

そう、返してみれば。

「こんな時間に女の子の一人歩きは感心しませんね」

まるで父親みたいな台詞。
こんな時間といったって、まだ6時前だ。
普通に今から遊びに行くような時間である。

「外は暗いですし」

その言葉に窓の外を見れば、確かに辺りはもう薄暗くなっていた。
日が沈みきったのだろう。
この時間からは急速に、辺りが闇に包まれる。

「ほら、帰りますよ」

バーナビーくんのその強引な一言に、私は慌てて日誌を閉じると鞄を肩に掛けた。
教室を出て行ったバーナビーくんの後ろを追いかける。
途中、職員室に寄って日誌を提出した。


外に出ると、冷えた風が頬に突き刺さる。
すっかり冬の夜だ。
マフラーもしてくればよかった、なんて後悔していたら。
不意に首の後ろに温もり。
バーナビーくんが自分のマフラーを私の首に掛けてくれたところで。
私は驚いて彼を見上げた。

「そんな薄着では風邪を引いてしまいます」

その台詞の内容は、配慮と優しさに溢れていたのに、なぜか言い訳みたいな口調だから。
思わず吹き出した。

一通り、失礼なほどに笑ってから。
ようやく、怒ったかななんて彼を見上げれば。
そこには、見たこともないような柔らかな笑顔があって。
心臓が止まるかと思った。

薄暗い道、街灯の下で。
バーナビーくんは、ふんわりと嬉しそうに微笑むと。

「やっと笑ってくれた」

なぜかそう、幸せそうに言った。
それは私の台詞だった。
そんな笑顔は初めて見た。
異様に長く止まっていた気がする心臓が、今度は胸の内側で暴れ出す。
寒かったはずなのに、今は顔が熱かった。

「っと、すみません。寒いですよね、早く帰りましょう」

頬が赤くなってきました、と指摘されて。
寒さのせいだと勘違いしてくれたことに安堵。
でも次の瞬間には、頬を違う体温に撫でられていて、ほっとする暇もなく。
焦る私を、バーナビーくんは目を細めて嬉しそうに見ていた。

「行きましょう、ナマエ」

気がつけば、いつの間にか名前で呼ばれていて。
でもそれが嫌だとは思わなくて。
マフラーに埋もれて、頷いた。

バーナビーくんの香水の匂いが鼻孔を埋め尽くす、それがひどく恥ずかしくて。
薄暗闇の中、再び歩き出す。

ほんの一瞬触れた、私の右手と彼の左手。
なんとなく甘酸っぱい気持ちに唆されて、恐る恐るその指先を握れば。
バーナビーくんは驚いたように私を見てから、その大きな手で私の手を握りしめた。
顔を見合わせる。

照れくさくて、お互い無口になってしまったけれど。
心はあたたかかった。



瞼の裏にはあの日の僕ら
- それは始まりの物語 -





あとがき

なつこ様
この度は、1周年記念企画へのリクエストをありがとうございました。
管理人、城里ユア、人生初の学園物に挑戦致しました。このような機会を与えて下さって、本当にありがとうございます。いかがでしたでしょうか?甘酸っぱい、初々しい、そんなテーマで書いてみましたが、いかんせん執筆経験がないので加減が分からず。ちょっと物足りなかったでしょうか?UPした今でも不安は尽きませんが、お気に召して頂けたら何よりです。
これからものんびりと更新していきますので、お時間がありましたら是非またお立ち寄り下さいませ(^^)




prev|next

[Back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -