[25]機会
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石動から連絡があったのは、その翌日のことだった。
タクさん、てっぺんですよ!
というメッセージと共に送られてきた優勝トロフィーの写真と、金メダルを首から下げた部員たちの写真。
その中心で、キャプテンマークを腕に巻いた石動が笑っている。
それは想像以上に保科の胸を熱くした。
昨夜聞いたばかりの、海藤の言葉が蘇る。
もしかしたら多少は、海藤の脚色が入っていたのかもしれない。
でも恐らく、大方は石動の発言の通りに伝えてくれたのだろう。
この後輩は、たった八ヶ月しか共にプレー出来なかったのに、保科の背中を憶えてくれていた。
石動にとってのキャプテンは保科の後にももう一人いたのに、石動は、保科の後を継いでくれた。
保科にとっての最後の一年が何一つ無駄ではなかったと証明する、皆の笑顔。
保科はしばらくその写真を見つめ続けた。
誰も彼もが、眩しいほどに輝いている。
正直、伝えたいことが山ほどあるようで、しかしもう何も言葉は必要ないような気もして、返信には大層時間がかかった。
昨日聞いた話に触れるわけにもいくまい。
結局保科が返せたのはたった一言だけで、もしかしたら石動はあの頃のように、それをつまらないと笑ったかもしれない。
だが口下手な保科には、それで精一杯だった。
彼を誇りに思う気持ちが、伝わっていればいいと思う。

東院が優勝したということは即ち、聖蹟は負けたということだった。
東院との直接対決の末の敗退ではない。
惜しくも、聖蹟が勝ち進めたのは準々決勝までだった。
公開された試合結果を見る限り、優勝候補と言われていたチームにPK戦の末に敗れたらしい。
立派な奮戦だと言えるだろうが、その分、選手たちの悔しさも一入だろう。
保科にも経験があるが、PK戦での敗北は精神的ダメージが非常に大きい。
高校生のような多感な年齢の選手層だと、それだけでチームが崩壊してしまった例もある。
聖蹟がこの敗戦を乗り越え、最後の選手権に向けリスタートを切れるのかどうか。
彼女にとっても、難しい問題になることは間違いなかった。
だがどうか、悔いのないように励んでほしい。
彼女の代、三年生にとっては最後の大会だ。
保科たちのように、予選負けで終わってほしくはない。
遠くから、保科は心の中でそっとエールを送った。


時期を同じくして、保科はスランプ状態を脱する。
ミスの目立っていた連携が嘘だったかのように再び噛み合い始め、むしろ以前よりもパス回しの精度が上がった。
保科の正確無比なロングパスは明らかにチームの武器となり、試合でもそれが発揮されるようになると、保科のアシスト率が急上昇する。
さらにフリーキックを任されることも増え、得点率も跳ね上がった。
まさに破竹の勢いで、保科が成績を伸ばしていく。
心配して損をしたと、満が怒るほどだった。

「それにしても、急に調子が回復したな。何かあったのか?」

先の練習で、保科の超ロングパスをダイレクトでゴールに叩き込んだシュートが余程気持ち良かったらしい。
機嫌良く鼻歌を歌いながら着替えていた満が、保科の顔を覗き込む。
何かあったといえば、確かに何かあった。
FW陣とホテルの部屋で朝まで話し合えたのは、解決への決定打と言って間違いないだろう。
だが、保科にそうしようと決意させてくれたのは、恐らく彼女のチームの勝利だった。
その後追い風になってくれたのは、東院の連勝報告だろう。
一人で東京を離れ新しい挑戦を、だなんて、とんでもない。
保科は周囲に助けられ、大切な記憶に心を満たされ、 そして彼女への想いに支えられてここに立っていた。

「……後輩には、負けていられません」

理由の一つを選んで答える。
これも嘘ではなかった。

「あいつら、ほんと良くやったよなあ。観に行きたかったな、タク」
「はい」

満にとっても、東院は母校だ。
直接関わった後輩でなくとも、OBとして、やはり母校の優勝は嬉しいらしい。

「選手権は観に行こうぜ。初戦で負けたら試合後にスタジアムの外周三十周だって、今のうちから脅しておけ」

とんでもない脅迫である。
八十分走り続けた試合の後に、スタジアムの外周を三十周。
会場にもよるが、最悪フルマラソン超えだ。
それは、保科でも吐くのではないだろうか。
だが、満がそう言いたくなるのも分からないわけではなかった。
天皇杯の状況によっては、帰省するのが一月一日の夜になる。
年末に行われる一回戦で負けられては、観るべき試合がなくなってしまうのだ。
それだけ、満が今年の東院に期待しているということだろう。
保科自身、石動がキャプテンを務めるチームの試合を是非ともこの目で観てみたかった。
そして勿論、彼女の笑顔も。
ああ、早く会いたいと、保科は思った。
つい先日インターハイが終わったばかりなのだ、気が早いのは重々承知している。
だが保科からすれば、ようやく夏のインターハイ、つまり半年だ。
冬の選手権までは、さらにあと半年。
気が遠くなる長さである。
だが、そんな贅沢なことを言っていられるのも今のうちだけだった。
今年が最後の選手権。
来年からはもう、たとえ聖蹟の試合を観たとしても、そこに彼女の姿はない。
年に一度その姿を見ることが出来る昨年と今年は、それだけで充分機会に恵まれていたのだ。
彼女が引退し、卒業してしまえば、保科にはもう彼女に会いに行く術も口実もなくなってしまう。
就職するのか、進学するのか、東京にいるのかいないのか。
彼女の来年の四月以降がどのような生活になるのか、保科は一切知らないし、想像もつかない。
大学のサッカー部でまたマネージャーを務めてくれれば会える可能性も残るが、恐らく彼女にそんな選択肢はないのだろう。
そもそも大学リーグの期間は、保科のオフシーズンとは重ならない。
どう頑張っても来年以降の彼女に会う術が考え付かず、目下、それは保科の最大の悩みだった。
つまりは、何をするにも今年の冬が最後のチャンスということだ。
顔を見るのも、話しかけるのも、連絡先を聞くのも。
この冬を逃せば、機会は恐らく二度と訪れない。
臆病風に吹かれている場合ではないのだが、正直、彼女と上手く話せる自信は全くなかった。
一年半前、平然と彼女の部屋を訪ねた自分が信じられない。
今同じことをしたら、心臓が口から飛び出る気がした。
無自覚とは恐ろしく、そしてある意味羨ましいものだとつくづく思う。
だがもう、彼女を好きになる前の自分には戻れない。
この息苦しいのに胸が高鳴る想いは、二度と手放せないのだから。



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