[15]笑顔
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そしてついに迎えた、選手権大会一回戦。
保科は兄二人と共にスタンド席に腰掛け、試合を待っていた。
選んだ座席は勿論、聖蹟ベンチの見えやすい場所だ。
珍しく、ここがいい、と場所を指定した保科に、兄たちは何も言わなかった。

そしてついに、保科が一年待ち続けた瞬間が訪れる。
スクイズボトルとタオルの入ったカゴを右手に、スコアブックを左手に抱えて姿を現した彼女に、保科の視線は一瞬で奪われた。

ああ、やはり好きだ。

彼女の姿を再び目にした時、果たして己は何を感じるのだろうかと、ずっと考えていた。
その答えが、今明らかになる。
何も、変わらなかった。
何も、変わっていなかった。
とても好きだと思う。
とても可愛らしいと思う。
もっと近くで見て、出来れば声を聞いて、話をして、触れたいと思う。
彼女は、保科が好きになった彼女のままだった。
背中に流れる長い髪も、凛々しい表情も、制服の上に羽織ったジャージも、少し短いスカートまで、何も変わっていない。
でも、また一段と綺麗になった、そんな風に感じた。
それは、募らせた保科の想いがそう見せるのか、それとも彼女が一つ歳を重ねたからなのか。

「タク?」
「どうかしたか?」

食い入るように彼女を見つめていた保科は、両隣から声を掛けられてようやく我に返った。
兄たちが、訝しげに顔を覗き込んでくる。

「……いえ、」

平静を装って、保科は軽く首を振った。
試合どころではないと、これまでの自分からは考えられないようなことを思う。
しかし実際、それは強ち間違いでもなかった。

ホイッスルと共に、試合が始まる。
そうなれば保科とて、流石にゲームを追う。
だがアウトオブプレーとなれば視線は必ずベンチを捉えたし、常に彼女のことが意識の片隅にあった。
家で何となく試合のテレビ中継を観る時だって、もう少しゲームに集中するだろうに。
自分は周囲に言われるほどサッカー馬鹿ではなかったらしいと、保科は内心で苦笑した。

聖蹟は、序盤から果敢に攻めている。
保科の見立ては正しかった。
インターハイでは選手層の薄さ故に予選敗けを喫したようだが、やはり今年の聖蹟は強い。
二大エースの大柴と風間に柄本の献身的なフォローがマッチして、昨年に引き続き圧倒的なオフェンス力だ。
その起点となるCBの君下は、さらにキックの精度を上げたように見受けられた。
守備も安定しているし、さらにあの二年生GKは最早天才の域だろう。
スーパーセーブを連発している。
バランスの取れた、完成度の高いチームになっていた。
キャプテンマークを付けているのは、大柴だ。
相変わらず君下との仲は良くないようで、プレー中も互いに怒鳴り合っているが、二人とも、雰囲気が昨年とは随分変わった。
チーム一の長身である大柴が積極的にチームメイトに声を掛け、叱咤激励して士気を高めるさまは頼もしく見える。
そこに君下の正確無比な指示出しが加わり、全体の意識を常に共有させていた。
保科の後輩たちは、随分と手強いチームに負けたようだ。
悔やむことはあれど恥ずべきことではないと、保科は思った。

前半十二分、聖蹟が先制点を挙げる。
君下のパスを受けて風間がシュートを打ち、そのこぼれ球を柄本が拾って大柴が決めるという、完璧なプレーだった。
初戦の硬さを自ら突破した大柴が、拳を突き上げて叫ぶ。
チームメイトがわっと彼に駆け寄った。
保科は咄嗟にベンチを確認する。

ああ、よかった。笑った。

保科の視線の先、彼女の笑顔があった。
それも、とびっきりの笑顔だ。
どうやら彼女の中にも、この一年で何か変化があったらしい。
くしゃりと目元を緩め、彼女は笑った。
昨年よりも、感情表現が大きくなったのではないだろうか。
彼女は、隣に立つ監督が差し出した手をパンと叩き、喜びを分かち合っていた。
その嬉しそうな姿が、目の前で見せられた鮮やかなシュートよりも強烈に、保科の心臓を高鳴らせる。
ずっと、これが見たかったのだ。
ずっとこの、彼女の笑顔を待ち望んでいた。
それを引き出せるのが自分ではなく他の男だというのは悔しい限りだが、こればかりはどうしようもない。
彼女が笑っている。
今はそれだけで充分だった。

その後も、聖蹟優位で試合は続く。
前半終了間際にもう一点、さらに後半三十五分でとどめの追加点。
その度に、彼女の笑顔が保科の胸を震わせた。
時に無邪気に、時に満足げに、彼女は選手たちの活躍を喜ぶ。
二点目を決めた風間が彼女に向けてピースサインを出した時、彼女は呆れたように苦笑して、でも嬉しそうに同じ仕草で応えた。
三点目を柄本が決めた時は、全力でその名を叫んだようだった。
やはり、昨年よりもずっと、彼女は皆に心を許している。
昨年の選手権、そして今年のインターハイ。
二度の敗戦を乗り越え、絆の強いチームになったのだろう。
聖蹟は見事、初戦に完勝した。
勝利に沸くベンチで、彼女もまた、監督とハイタッチを交わし、笑う。
そこに昨年の、桜高に負け一人涙を堪えた面影はなかった。
とても幸せそうだった。
そのことが、保科の胸を熱くする。
よかったと、心底思った。


「いやあ、快勝だったな」
「ああ。去年もなかなかいいチームだったが、今年は凄い。これは、いいところまで行くんじゃないか、聖蹟」

満と聖也が、そんな会話をしている。
保科も同意見だった。
勿論勝負の世界に絶対はないが、その分、可能性は常にある。
全国制覇だって、あり得ない話ではないのだ。

「次の試合も楽しみだな、タク」
「はい」

選手たちと共にフィールドを後にする彼女の後ろ姿を見つめながら、保科は深く頷いた。



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