[10]永別
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東京駅の、新幹線改札前。
指定席を購入している新幹線の発着案内を調べ、時間までまだ十五分あることを確認した保科は、改札を抜けるまで付き合ってくれるつもりらしい二人と立ち話をしていた。
正確には、話しているのは海藤と浦で、保科は時折聞かれたことに答える程度だが、それはいつものことである。
保科は二人の会話を聞きながら、行き交う人々に目をやった。
出張なのか、スーツケースを引いたサラリーマン。
揃いのジャージを着た集団は、遠征試合だろうか。
他にも、外国人の旅行客や、家族連れ。
改札の前で別れを惜しみ抱き合う男女の姿もある。

「……タク?なんか探し物か?」
「ホームはあっちだぞ?」

ふと気が付けば、二人が不思議そうに保科の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫だ、分かっている」

探し物。
そう言われて、初めて気付く。
保科は無意識のうちに探していたのだ。
あの日、試合会場で人混みの中に目を凝らした時のように。
どこかに彼女の姿はないだろうか、と。
馬鹿馬鹿しい話だ。
いくら聖蹟高校が都内にあるとはいえ、こんな所で偶然彼女に会うはずもない。
そう、分かっている。
分かっていても、大阪に行く前に、保科はもう一度彼女に会いたかったのだ。

選手権の決勝から今日まで、約二ヶ月。
その間、彼女に会いに行こうと思ったことは何度もあった。
聖蹟の所在地を調べ、電車の乗り継ぎも確認した。
保科の自宅から一時間もあれば着く距離だった。
きっと毎日練習しているだろう。
放課後、聖蹟のグラウンドを訪ねれば、保科はきっと彼女に会えた。
そうするという選択肢があった。
だが結局、保科はそれを選べなかった。
どうしてなのか、正確には自分でもよく分からない。
彼女の迷惑になりたくなかったのかもしれないし、会って何を話せばいいのか分からなかったかもしれない。
こういう時、自分は不器用だと保科は思う。
大阪に行く前に連絡先を聞いておくことが出来れば、それが途切れそうなほど細い糸だとしても、繋いでおくことが出来たかもしれないのに。
東京と大阪は、決して行き来出来ない距離ではない。
新幹線で二時間半、日帰りで往復だって出来る。
だがこの物理的な距離を、口実なく詰めることは出来ないだろう。

「なんだよ、お前もちょっとは寂しかったりするのか?」

揶揄うように問われ、保科は考える。
恐らく、寂しいという感情とは少し違うのだ。
感覚的に一番適した言葉を選ぶならば、焦っているような気がする。
何を、と聞かれても答えられないのだが、これで良かったのかともう一人の自分に問い詰められているようだった。

「……いや、問題ない」

だが、何をするにももう手遅れだ。
保科は彼女に会うことなく、大阪に行くことを決めた。
その新幹線は、五分後に東京を離れる。
これで良かったのか否かは、誰にも分からない。

「そろそろ行く。わざわざありがとう」
「ああ。行って来い、タク」
「気を付けてな」

浦が保科に向かって拳を突き出した。
保科は一つ頷いて、己の拳を合わせる。
海藤とも同じように拳をぶつけ、二人に見送られて保科は改札を抜けた。
振り返ることなく、ホームを目指して歩を進める。

「期待してるぜ!Jリーガー!」

背後から掛けられた大声に、保科は小さく笑った。

そうだ、と思う。
保科にはサッカーがある。
同時に、保科にはサッカーしかない。
こんなところで迷っている暇はない。
余計なことを考えている時間があるなら、その分もサッカーに費やすのだ。
まずは、試合に出して貰えるように。
その中で活躍しチームに貢献出来るように。
そしていつか、日本代表として、兄たちと共に世界の頂点を目指す。
夢物語で終わらせるつもりなど毛頭ない、保科の人生を懸けた目標だ。

だからもう、彼女のことは忘れよう。

高校生活、最後の冬の思い出として。
胸の底に仕舞って蓋をし、忘れてしまうべきだ。
数ヶ月単位で恋人が変わる満の恋愛に口を出す気はないが、保科に同じ真似は出来ない。
サッカーと何かを両立させられるほど、器用ではないのだと、自分が一番よく理解している。
彼女は彼女の道を行く。
そして保科も、自ら選んだ道を行く。
その道は決して交わらない。
それでいいのだ。

保科は、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めた。
東京が、彼女の住む街が徐々に遠ざかっていく。

初めて、人を好きになった。
きっと、恋を知ったのだと思う。
彼女のことを考えると、気分が高揚した。
同時に、ひどく飢えたような、切ない感覚も覚えた。
その姿を見るだけで、胸が高鳴った。
声をずっと聞いていたいと思った。
彼女のことをたくさん知りたいと思ったし、それが一つでも分かると、どれほど些細なことでも嬉しかった。
彼女の力になりたかった。
頼られると誇らしかった。
何かつらいことがあるのならば、守ってあげたかった。
ずっと、笑っていてほしかった。
そういう感情を、彼女は保科に教えてくれた。

「………さようなら、」

背凭れに身体を預け、目を閉じる。
ありがとうございます、大切にします、と笑った彼女の顔が脳裏に浮かんだ。
あのサボテンを、彼女は今も持ってくれているだろうか。
きっと、保科がその答えを知る機会は、二度とない。
だから身勝手に、そうであればいいと願うことが出来た。



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