貴女がいる、ただそれだけで[1]
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降り注ぐ弾雨の中を全速力で駆ける。
自らの足音は着弾音と破裂音に掻き消された。

「十時方向からさらに六!このままだと完全に包囲されるぞ!」

それらを掻い潜って鼓膜を叩いた相棒の声に、秋山はちらりと注意された方向を見遣る。
遠くから男が六人、サブマシンガンを両手に抱えて走り寄って来る様子が確認出来た。
生憎と毒づく余裕さえない。
秋山は右方向から飛んで来た弾丸をサーベルで往なしながら、さらに走る速度を上げた。
左隣を並走する弁財もまた、サーベルを盾に防戦一方だ。
二人に対して、敵は軽く見積もっても三十人以上。
数字の観点で言えば、これほどの劣勢は初めての経験だった。

「どうする?!」

普段、冷静沈着が服を着て歩いているような弁財でさえ、声に焦りが滲んでいる。
それでも二人の手元が狂わないのは、国防軍の出身だからだろうか。
お互い、どれほど思考が乱れようとも生き延びなければならないという本能だけは叩き込まれていた。
それが、本命の存在しない作戦において囮の役目を担っているという絶望的な状況だとしても。

「限界まで引き付ける!」

秋山は叫ぶように答え、青の力を込めたサーベルを振るった。
弾丸を弾く金属音が耳を刺す。
どうか己の声が少しでも力強く聞こえているようにと願わずにはいられなかった。

セプター4の屯所から東に一・五キロ。
そこが今、秋山と弁財の戦場だった。
敵は言わずもがな、jungleの残党だ。
ドレスデン石盤の破壊から、約四時間。
夕暮れの街は未だ平穏からは程遠い様相を呈していた。
セプターをはじめとした国のありとあらゆる組織が全力で、数多生まれたストレインへの対応に奔走している。
制御しきれずに、無意識のまま異能を暴走させてしまう程度なら、良いとは言えないが比較的ましではあった。
問題は、その異能を早々に我がものとし意図的に発動させてそれを他者への攻撃手段としたケースだ。
それはもう事故ではなく犯罪である。
個人単位の傷害から集団による暴動まで、厄介なことこの上ない事件が多発した。
こういう時、人間という生き物に与えられた順応性の高さは仇になる。
そんなすでに悲劇的な状況においてセプター4をさらに振り回しているのが、jungleの存在だった。
その王はすでに死亡し、jランカーと呼ばれた幹部のクランズマン両名もまた行方を晦ました後だというのに、下位のクランズマンたちがまだ各地で事件を引き起こしている。
彼らは元々王との面識がなく、そもそも石盤やクラン、王とクランズマンの関係性等は一切知らずにただjungleというアプリをゲーム感覚で楽しんでいた者たちだ。
緑の王の死や石盤の消失、クランの崩壊などは関係なかった。
アプリの運営が終了し、緑の王から与えられていた仮初めの異能が消失したとしても、彼らの手元には大量の武器弾薬がある。
この国において、一般市民が突撃銃の一つでも持っていればすでにそれは脅威だった。
緑の王の死は世界的規模で見れば必要な犠牲だったかもしれないが、それに伴う唐突なアプリの運営終了は一部の熱心なユーザーに過激な憎悪を生んだ。
彼らは長年に渡ってjungleに没頭し、アプリ内でのコミュニティやミッション、そして付与されるポイントが生活そのものだったのだ。
それらを突如奪われる理不尽さについて、同情の余地が全くないとは言わない。
だが、ソーシャルアプリへの依存は自己責任だ。
ましてやそれが、犯罪に手を染めても良い理由には到底なり得ない。
しかしそれが理解出来ていれば、そもそも事件を起こしたりはしないだろう。
彼らはその鬱憤を晴らすための相手にセプター4を選んだ。
アプリの唐突な終了について憶測が飛び交う中、確信もないままにセプター4がその原因だという見解に片寄ったのは、これまでの関係性を考えれば至極当然のことだった。
石盤の破壊以前から、緑の王の発令するミッションにより、jungleはセプター4を標的にしていたのだ。
彼らにとってセプター4は敵であり、つまり、この状況を招いたのもその憎むべきセプター4であるという単純な図式である。

uランカー以下のプレイヤーたちが各地で蜂起しセプター4の制服を着た隊員たちを手当たり次第に襲撃する中、人数最多のチームを組んだ者たちがいた。
それが今、秋山と弁財が敵対している一団である。
彼らは敵の最重要拠点、つまり椿門にある屯所を襲撃の目標としたのだ。
それにいち早く気付いた秋山と弁財は、すぐさま屯所に近付こうとする彼らを追った。
敵の数の多さに二人だけでの鎮圧は不可能と判断し増援を要請したのだが、生憎と隊員たちは誰も彼もが各地で発生する事件の対応に当たっており、即応部隊の編成には時間が掛かることが判明。
そうこうしている間にも敵は屯所に接近し、支援を待つ猶予はなくなった。
屯所には、指揮情報車で移動しながら全体指揮を執る伏見をサポートする情報課の隊員たちがいる。
庶務課や経理課等、多くの非戦闘員も屯所に留まっている。
仮に拠点としての重要性を度外視したとしても、常に影ながら自分たちを支えてくれる仲間のいる場所を敵に攻撃させるわけにはいかなかった。
故に、味方を待つ時間はないと判断した秋山と弁財は、二人きりで敵陣のど真ん中に飛び込んだのだ。
いつ到着するかも分からない増援が来るまで、敵を足止めする。
それが秋山と弁財の果たすべき役目だった。

敵が短機関銃やら突撃銃やらを大量に投入する一方、こちらにはサーベルが二振りだけだ。
いくら秋山と弁財が元軍人で相手が一般人だとしても、戦力差は圧倒的だった。
数撃てば当たるの寸法で弾丸の雨を降らされては、近付くことさえ儘ならない。
己よりも明らかに年下の若者が銃を構えて、人の命を奪う覚悟もなく引き金を引く姿に憂いている場合ではなかった。
幸い石盤の破壊後もクランズマンとしての異能は体内に残っているためある程度の防御は可能だが、それでも範囲と時間双方の点で限界は存在する。

「弁財!」

二時方向に発見した半壊の建物を手頃と判断し、秋山は弁財に呼び掛けた。
秋山の視線から意図を汲み取った弁財が顎を引く。
二人は弾雨を避けながら建物に駆け寄り、中に飛び込んで剥き出しのコンクリート壁に背中を預けた。
出入り口の両脇を固める形で立ち、お互いに視線を向ける。

「怪我は……なさそうだな」
「お前もな」

戦闘中はアドレナリンの多量分泌により一時的に痛覚が麻痺し、己の負傷に気付かないことがままあった。
こういう場合は、他者の目の方が確実なのだ。
互いにその場で一回転して怪我の有無を確かめ合い、ようやくサーベルを鞘に収めた。
壁に凭れ掛かる体勢で腰を下ろし、乱れた呼吸を整える。

「さて……どうするかな」

顔を見合わせ、この絶望的な状況をいかにして覆すか、簡易的な戦略会議が始まった。
サーベルという武器は近接戦においてこそその威力を最大限に発揮するものであって、遠距離戦闘には滅法向かない。
建物の密集した住宅街ならまだしも、ここは遮蔽物が殆どない片側三車線の幹線道路だ。
これほど不利な状況は他になかった。
だが、一般市民を巻き込まずに済むという点においては、心置きなく戦闘に集中出来るというメリットもなくはない。
今のところそれは何の慰めにもなりはしないのだが。

「敵はざっと見積もって三十くらいか?」
「ああ。だが、時間が経てばもっと増えるかもしれないな」
「そうだな。どうやら我々は鬱憤晴らしのターゲットにされたらしい。人気者はつらいな」

弁財の冗句に、秋山は唇を緩めた。
せめてもの救いは、隣にこの男がいることだろう。

「力はまだ使えそうか?」
「燃料は残り僅かだな。お前もだろう、秋山?」
「ああ」

クランズマンとしての異能は、確かに残っている。
だが、サンクトゥムがなかった。
王の展開するそれがなければ、クランズマンが力を最大限に発揮出来ることはない。
ここに宗像がいれば、と内心で零しかけた秋山は、すぐさまそれが誤りであることに気付いた。
もう、そうではない。
例えここに宗像がいたとしても、もう彼は王ではなかった。
つまり、今後一切、宗像のサンクトゥムに庇護されることはあり得ないのだ。



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