この愛が僕に命ずること[3]
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総理官邸を始めとした、暴動が起きている箇所を優先的にピックアップして剣機小隊の隊員たちを派遣するよう細かく指示を出しながら、特務隊は読戸を目指した。
秩序など疾うに失われた道を縫うように、指揮情報車は空に浮かぶ大剣を目印として走る。
運転を弁財に任せた秋山は、助手席から車外の混乱を見ていた。
とんでもないことになってしまったと、今更ながらに実感する。
肉眼で見る混沌とした世界は、秋山の胸に焦燥を植え付けた。

ナマエさんは、無事だろうか。

この一ヶ月、ナマエが宗像の命令で動いていたことは明白だ。
つまり現在も、たとえ宗像の側に控えていないとしても何らかの命令に従って別行動を取っているのだろう。
そう理解していても、この荒れた街並みを見ていると、心配するなという方が無理な話だった。
だが秋山は、かつてナマエに誓った。
もう二度と、間違えはしない、と。
今秋山がなすべきことは、ナマエの身を案じて任務を疎かにすることではない。
ナマエがただいまと言うために力を尽くしてくれると信じて、ナマエの代わりに彼女が守りたいものを守ることだ。

そう、宗像礼司を、守るのだ。

秋山の眼前でナマエを抱き締めた宗像を、確かに憎んだ。
宗像がナマエを抱いたのかもしれないと考え、腸が煮えくり返った。
一ヶ月間ナマエを独占した宗像を、羨む気持ちもある。
許されるならば、ナマエに指一本触れるなと、宗像を殴ってしまいたい。

それでも、守るのだ。

ナマエの隣を宗像に譲る気は、毛頭ない。
だが、ナマエが広義で宗像を愛しているとしても、構わない。
ナマエは人を守るために軍人になって、人を守るためにセプター4に入隊した。
救えなかった命に傷付き、己を責め、それでも何度でも立ち上がって歩いて来た。

そんな貴女に、もう何も失わせはしない。


「見えたぞ」
「ああ、」

道の先が濃い霧に包まれていることを確認した。
恐らく、宗像が灰色の王と戦っているのだろう。
秋山はサーベルの柄を按じた。
この剣は人命を、秩序を、そして大義を守るためにある。
聞き慣れた口上を、秋山は胸の奥で呟いた。

急停車した車両から、隊員たちが飛び降りる。
サーベルを片手に何も恐れることなく駆けて行く同僚たちの背を、秋山は弁財と共に追った。

「室長のピンチに只今見参!ってな!」
「道明寺!一人で突っ込むな!」

道明寺と加茂が、先陣を切る。
大所帯で待ち構えていたjungleのクランズマンたちを蹴散らしていく、頼もしい仲間たち。

「弁財、気を抜くなよ!」
「ふん、そっちこそ」

相棒との、身体に染み付いた連携プレー。
何十人もの敵を瞬時に一掃し、秋山たちは霧の中へと飛び込んだ。
地面に倒れ伏した宗像と、銃を片手に立つ灰色の王。
その間に九人が、宗像を背に庇って並び立った。

「こんな所で何をしているのですか、君たちは」

背後で、宗像が立ち上がる気配。
その問いに、秋山は前を見据えたまま答えた。

「可及的速やかにjungleの本拠地を制圧することが、現在最優先に遂行すべき任務と判断し、室長の援護に参じました」

間に合ったと、言えるだろう。
宗像は生きている。
ナマエの守りたかったものを、秋山は守れただろうか。

「現在、セプター4全隊を動員し、暴動の鎮圧、並びに市民の救援に当たっています。我々特務隊がjungle本拠地を制圧し、混乱の大元を断つまで、死に物狂いでこれ以上の混乱の波及を防ぐ心構えです」

宗像にとって、この状況は想定の範囲外だったらしい。
戸惑った様子が背後から伝わってきて、秋山はふと、宗像もまた人であることを実感した。
宇宙だ何だと、まるで己とは別の生き物であるかのように感じていたが、もしかしたら宗像は、秋山が想像するよりもずっと自分に近しい存在だったのかもしれない。
ナマエは、秋山よりも早く、それに気付いていたのだろうか。

「ご命令を、室長!」

淡島が、肩越しに宗像を振り返った。

「我らセプター4、佩剣者たるの責務を遂行す!聖域に乱在るを許さず、塵芥に暴在るを許さず。八荒を閉ざす霧を晴らさん!」

宗像の力強い声音が、鼓膜を揺らす。

「総員、抜刀!」

それを秋山は、誇らしく思った。
宗像を守れたことを、今この場に立っていることを、ナマエに知って欲しかった。
宗像と己とを比較して、卑屈になるのはもうやめよう。
二人は異なる人間で、だが、同じ人間だった。

「秋山、抜刀!」

ねえ、ナマエさん。
秋山はもう一度、その名を呼んだ。


俺は、貴女に誇れる自分でありたい。





この愛が僕に命ずること
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