果たされない約束[2]
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「それにしても、クリスマスプレゼントが吊り天井に電気ショックに落とし穴って」

ひと切れ目のサンドイッチを食べ終えたナマエが、カフェオレに手を伸ばしながらぼやく。

「なんというか、随分ベタですよね」
「黄金の王様はそういうのが好きだったのかねえ」
「古風な趣、ってことですか」
「うちの王様も悪趣味だし、みんな似たようなもんなのかもね」

他愛ない雑談の中に紛れ込んだ男の存在に、秋山は表情を変えないまま僅かに身を硬くした。
深い意味などない、ただ単に王権者同士という繋がりで出て来た言葉だとは理解している。
それでも秋山は、ナマエの口から宗像の存在を零される瞬間がいつまで経っても苦手だった。
それはもう理屈ではなく、本能的な危機感だ。

「まあ、こっちは大丈夫。何とかするよ」
「…はい」
「それより、心配なのはそっち」
「え?俺、ですか?」
「正確には、俺たち、ね」

ナマエの言わんとしていることに気付き、秋山は眉尻を下げた。
本作戦において淡島と、秋山以下特務隊の面々に課せられた仕事は、簡単に言うと時間稼ぎだ。
御芍神と五條の行く手を阻み、王のために最上階までの道を開けようとする彼らの邪魔をする。
相手を戦闘不能にすることは難しくとも、能う限り長く足止めが出来れば上々、というのが白銀の王の論だった。

「御芍神紫は言わずもがな。五條スクナも、伏見さんが吠舞羅のヤタガラスと二人掛かりで抑え込めなかったって言うんだから、それなりだねえ」

クランズマンとしての戦闘能力は、確実に相手の方が格上である。
それは秋山も、正に数日前に痛感したところだった。
jungleによる位置情報発信チップ拡散ミッションにおいて、その最後に秋山は御芍神と対峙している。
剣を交わすことこそなかったものの、探し当てた中継サーバーを目の前で呆気なく破壊された瞬間の相手の気迫には驚かされるものがあった。
御芍神が相当の手練れであることを理解するには、充分な体験だ。
瞬時に相手の力量が測れないほど、秋山も馬鹿ではない。
この作戦で秋山が戦いを挑もうとしている敵は、間違いなく己よりも強かった。

「作戦上、退けとは言えないけど。あんま無茶して突っ込まないでよ」

普段、その台詞がナマエから秋山に告げられることはまずない。
大抵は道明寺や日高に向けられる忠告だった。

「分かっていますよ、ミョウジさん」

秋山のするべきことは、現場の指揮官となる淡島の護衛と、他の隊員たちのフォローだ。
深追いはせず、臨機応変にバランス良く。
頭の中でシミュレーションは出来ている。
後はそれがどこまで通用するのか、正直なところ、ぶっつけ本番の一発勝負である。

「室長も、どこまで保つか怪しいしね。出来るだけ頑張ってあげて」
「……はい、分かっています」

ああ、まただ。
秋山は今度こそ、表情を歪めた。
分かっては、いるのだ。
宗像はこの作戦において、最後の砦という最も重要な任を任されている。
そもそも宗像こそが、ナマエと秋山、そしてセプター4の全隊員が仰ぐ王だ。
彼の命令には必ず従うし、彼のためには何でもする。
それこそ、命さえ懸けられる。
それは秋山が選んだ道であり、秋山自身の意思だ。
ダモクレスの剣の崩壊が始まっている主君のために死力を尽くすなど、麾下として当然のこと。
そこに一切の躊躇もない。
それでも、ナマエからまるで頼み事のように告げられると、心のどこかが抵抗するのだ。
ナマエがまるで、自分の代わりに宗像を護ってくれと、そう言っているように錯覚するから。

「副長のことも、よろしくね」
「え?」
「あの人、意外と女の子だから。秋山が支えてあげて」
「それは、勿論ですが」

ふた切れ目のサンドイッチにかじり付いたナマエを、秋山は少しばかりの違和感と共に見つめた。
こんな風に、ナマエが秋山に対してわざわざ念を押すことは珍しい。
何か、言外に仄めかされているのだろうか。

「……ミョウジさんは、石盤をどう思いますか?」
「んん、……そうだなあ。別に何とも、ってのが正直なところかな」
「というと?」
「あって良かったとか、ない方が良かったとか、そういう議論は今更意味をなさないし。ただまあ、緑の王があれを解放したら、セプター4の仕事は馬鹿みたいに増えるわけでしょ。となると、それは避けたいね」

ナマエらしい結論に、秋山は思わず笑った。
全くもってその通りだ。
ただでさえ忙しくてこうして二人きりになる時間も殆どないというのに、これ以上仕事を増やされては堪ったものではない。

「早く、終わらせたいですね」
「同感。もうそろそろ人間らしい生活に戻りたいよ」

これから三日間、寝る間も惜しんで準備に追われることになるナマエの発言は重かった。
美味しそうにサンドイッチを頬張っているナマエの、その食事は一体いつ振りなのか。
最後に眠ったのはいつなのか、秋山は知らない。
秋山は一日でも早く、目の前にいる恋人をゆっくり休ませてあげたかった。
今、そのために何も出来ない自分が酷く情けない。

「秋山、」
「はい」
「終わったらさ、クリスマスだね」
「え?……あ、はい、そうですね」

ナマエの口から飛び出した意外な単語に、秋山は目を瞬かせた。
クリスマス、なんて、ナマエの声で聞いたのは初めてかもしれない。

「今更ディナーの予約とか、もう手遅れだけど。せっかくだし、コンビニでケーキでも買おうよ」

さして甘いものを好まないはずのナマエとしては異例の発言に、秋山は今度こそ口をぱっくりと開けた。
そんな秋山の様子に気付いているのかいないのか、ナマエが平然とサンドイッチの最後の一口を詰め込む。
咀嚼しながら、包装紙を丸めて紙袋の中に落とした。

「クリスマスパーティ的な?十年以上やってない気がするけど」
「……ミョウジ、さん?」
「ははっ、疲れて頭おかしくなったとか思ってる?」
「い、いえっ、そういうわけでは!」

明らかに以前よりこけた頬に悪戯な笑みを乗せられ、秋山は弾かれたように椅子から立ち上がると同時に首を左右に振る。
くすりとナマエの喉が鳴った。

「ま、考えといてよ」

カフェオレを飲み干し、空いたカップも紙袋の中に捨ててから、ナマエがそれを秋山に返す。
咄嗟に紙袋を受け取った秋山の前で、ナマエは椅子を元の向きに戻すと再び仕事に取り掛かった。
秋山は呆然と、片手に紙袋を、もう一方の手に中身の若干残ったカップを持って立ち尽くす。
やがて我に返るなり、勢いよくカップを傾けて残ったカフェオレを景気付けに一気飲みした。

「ーー やりましょう!」
「は?」

突然の大声に、ナマエが振り返る。
訝しげに見上げてくる視線を真正面から受け止め、秋山は力説した。

「クリスマスパーティ、二人でやりましょう。ケーキ、買って行きます。コーヒーも俺が淹れます。食事も、いつもより豪華なオムライス、作りますから」

他に、クリスマスらしいことと言えば何だろうか。
ナマエは十年以上やっていないと言ったが、秋山もまた、随分と長い間クリスマスとは縁遠い生活をしていた。
いまいち、クリスマスパーティと言われても具体的に何を用意すればいいのか分からない。
今からプレゼントを買いに行く時間は流石にないだろう。
ああでもないこうでもないと唸っていると、不意にナマエが噴き出した。

「ふ、……ははっ、」
「……ミョウジさん?」
「ぁははっ、」

何か可笑しなことを言っただろうかと焦る秋山を見上げて、ナマエが尚も笑い続ける。
秋山が困惑に眉を下げた頃になってようやく、ナマエがわざとらしく眦を指先で拭った。

「うん、やろうね、クリスマスパーティ」

心底楽しげに、ナマエが言う。
その瞬間、秋山は急激に込み上げた愛おしさに慌てて唇を引き結んだ。
そうしないと、酷く情けない顔を晒してしまいそうだったのだ。

「ケーキは、チーズケーキがいい」
「はい……っ」
「出来ればレアチーズ」
「はい……っ」
「オムライスは、トマトソースで」
「はい……っ」

馬鹿みたいに同じ返事を繰り返すことしか出来ない秋山を、ナマエは今度は笑わなかった。

「ありがと。楽しみだね」
「はいっ!楽しみ、です。凄く、楽しみです」

ナマエが、柔らかく口許を緩める。
お互いに、この約束が履行される確率はそう高くないと、理解していた。
作戦の直後、後処理に追われてそれどころではないかもしれない。
そもそも、この作戦が成功するか否かさえ分からない。
それでも、交わした口約束こそが尊いものだった。

何日遅れでもいい。
この際、年が明けて街が新春に賑わう頃でも構わない。
二人がそうだと言えば、その日がクリスマスなのだ。
この瞬間、秋山は、トマトソースのオムライスに小さなレアチーズケーキとインスタントのコーヒーでクリスマスを祝う日が来ることを信じていた。






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