未成熟かつ絶対的なそれ[2]
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結局のところ、服装の問題など氷山の一角に過ぎないのだろう、と秋山は思う。

二十時に仕事を終えた秋山は、自室で着替えてから屯所を離れて電車に乗り、錦布町に赴いた。
ナマエから事前に聞いていた、同窓会が行われるダイニングレストラン。
その店の前でガードレールを背に、秋山はぼんやりと佇んでいる。
勿論この行動はナマエに迎えを依頼されたからではなく、秋山の独断だった。
終わる時間など知らないのである意味待ち惚けなのだが、それでも構わない。
ただ、寮で大人しく待っているには、胸中が濁り過ぎていたのだ。

別に、疑っているわけではない。
同窓会で久しぶりに再会した旧友から告白される、なんていうドラマに良くありがちなシチュエーションもないとは言い切れないだろうが、ナマエが断ってくれることは分かっている。
心配もしていない。
ではなぜ何の連絡もせず待ち伏せのような形で迎えに来たのかと言うと、それは単なる秋山の我儘だった。
理屈ではない。
ただ、嫌なのだ。
男なんて単純な生き物で、分かりやすく綺麗な格好をした女性がいればそれだけで目を奪われる。
それが美人であれば尚更だ。
男は大抵女性が好きだし、興味を惹かれれば勝手に色々想像する。
誰が悪いわけでもない。
だが、秋山にはそれが耐えられなかった。
別に軽佻浮薄な男女関係を否定する気はないし、恋愛の仕方なんて個人の自由だ。
でも、ナマエを欲望の目で見られることだけは許せなかった。
ナマエが変な男に引っかかるなんてありえないし、襲われても返り討ちにするだろう。
だから、身の安全を心配しているわけではない。
ただ、嫌だという感情一つで、秋山は動いているのだ。

つくづくどうしようもないと、秋山は星の見えない空を仰ぎながら溜息を吐き出す。
せめて、恋人が夜道で危険な目に遭わないように、と迎えに来る心配性な彼氏の方がまだ良かった。
秋山がしようとしていることは、牽制という名の自己満足だ。
どんな建前を並べたとしても、決してナマエのためではない。
たまには仕事を忘れて息抜きをしてほしい、という願いが、嘘だったわけではないのだ。
でもきっとそれも、器の大きさをアピールしたいという幼稚な虚栄心だったのだろう。
精神的な意味で、ナマエのように大人になりたかった。
懐の深い、落ち着いた、恋人を甘やかして包み込めるような男になりたかった。
年下でも頼られたかった。
だが、狙ってこんなことをしている時点で、すでに未熟な子ども同然だ。
あまりの情けなさに、秋山は少し泣きたくなった。
惨めで、格好悪くて、ナマエに合わせる顔がない。
やはり帰ろうかとガードレールから腰を浮かしかけた時、歩道を挟んだ先で店のドアが開いた。
同窓会に参加していたのだろうと思われる男女が、次々と店の外に出て来る。

「……ナマエ、さん……」

無意識のうちに人数を数えていた秋山の視線の先、十四人目がナマエだった。
隣には、スーツを着た男の姿。
秋山は思わず拳を握り締めた。
男と何やら言葉を交わしていたナマエが、ふと視線を巡らせ、秋山の存在に気付く。
その双眸が軽く見開かれるさまに、秋山は逃げ出したくなった。
あきやま、とナマエの唇が動く。
ナマエは隣の男に一言二言告げると、真っ直ぐ秋山の方へと歩み寄って来た。

「どしたの、何かあった?」

至極当然の質問に、秋山は言葉を詰まらせる。
何かあったかと問われれば、否と答えるしかない。
力なく首を振った秋山に、ナマエが目を瞬かせた。

「ナマエー!もう一軒行くでしょー?」

不意に、ナマエの背後から声が掛かる。
振り返ったナマエの視線の先には、快活そうな女性が立っていた。
台詞の内容に初めて、秋山は自身が二次会という可能性を全く考慮していなかったことに気付かされる。
あまりにも、思考に余裕がなさすぎた。

「……あの、行って来て下さい。ちょっと近くに用事があっただけで、何でもないんです。俺、先に帰りますので、」

そう言う以外に、選択肢などあっただろうか。
俯いて、必要なことだけを早口に言い切り、秋山は踵を返した。
嘘ではないのだ。
そこに男としての意地とプライドが混じっているとはいえ、本当に秋山は今日、ナマエに楽しんできてほしかったのだ。
こんなみっともない自分勝手な行動のせいで、ナマエの楽しい夜を台無しにするわけにはいかない。
だからこそ、衝動のまま店まで来てしまったことを深く後悔しながら歩き出した秋山は、次に聞こえた台詞に驚いて足を止めた。

「……ごめん、帰るわ」
「ええ?なんで?」

先ほどナマエを誘った女性が、不満げに問う。
秋山もまた同じ疑問を抱いて振り返った。

「あんたなかなか時間取れないんだもん、こんな日くらい付き合ってよね」

ナマエの肩に手を回した女性が、半ば強引にナマエを連れて行こうとする。
ナマエは苦笑し、その手をやんわりと引き離した。

「お迎え、来てるからさ」

え、と声を上げたのは友人の女性だったのか、それとも秋山だったのか。

「またね」

固まった二人を余所に、ナマエはひらりと手を振ると秋山の方へ近付いて来た。
すれ違いざまに秋山の二の腕を軽く叩き、そのまま歩いて行く。
しばし呆然としていた秋山は我に返るなり友人の女性にぎこちなく会釈してから、慌ててその後を追った。

「あのっ、ナマエさん!」
「んー?」

十メートル程先で追い付き、ナマエの隣に並ぶ。

「二次会、行かなくて良かったんですか?」
「別にいい」

返ってきた即答に、虚偽の匂いはなかった。
だが、納得はいかない。

「……すみません。俺がいなかったら、行けたのに、」

何もかもが中途半端だと思った。
半ば強引に参加を促したくせに、最後までそれを貫けなかった。
楽しい夜を邪魔しておいて、素直に迎えに来たとも言えていない。
そんな自分が心底嫌になった。

「だから、いいんだってば。それより秋山、夕飯は?食べた?」
「いえ、まだ、」
「どっか寄ってく?」
「いえ、大丈夫です。帰ってから適当に済ませるので、」
「そ」

それきり、ナマエは無言のまま駅に向かって歩いて行く。
秋山も言葉が見つけられず、黙ってその後を追った。
ナマエは、決して饒舌な人ではない。
必要とあらば状況に合わせていくらでも会話を広げられるが、相手が気を遣わなくて良い人間ならば、喋りたい時に喋り、喋りたくない時は喋らない。
秋山も沈黙が苦ではないタイプなので、普段は然して気に留めない。
だが今ばかりは、互いの間に流れる無言の時間が重苦しく感じられた。
それは偏に、罪悪感のせいだろう。
結局椿門の駅を出るまで、会話は一言もなかった。





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