命の温度[1]
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R-18










「………だめ、ですか……?」

それは、予想の範疇内にある展開だった。


私怨による襲撃での負傷から二週間後、秋山は退院の日を迎えた。
偶然にもその日が非番だったナマエは、車を出して病院まで秋山を迎えに行った。
右脚の怪我は何針も縫うことになったが、幸い骨に異常はなし。
僅かに脚を引き摺りながらも支えなしで歩くことの出来る姿を見て、深く安堵したことはナマエだけの秘密だ。
恐悚する秋山と荷物を車に押し込み、ナマエは屯所に帰還した。

ナマエの部屋に着くなり迷惑を掛けた詫びだと言って食事の用意を申し出る秋山を小突いてベッドに転がし、ナマエは手早く昼食を作る。
負傷した左腕が動かせないというわけではなかったが安静にするに越したことはないので、片手でも食べやすいよう親子丼にした。
二人で食事をし、食後の茶を飲みながらここ二週間屯所で起きた出来事を掻い摘んで話しているうち、あっという間に日は暮れた。
流石にまだ風呂には入れないので、せめて濡らしたタオルで身体を拭いてあげようという厚意を見せたナマエに対し、秋山が感謝の言葉を言い淀むのは、予想通りだった。
病室でも一度同じやり取りをしたのだから、今更驚きはしない。
その際、怪我が完治するまでセックスはしないと言い聞かせたことも、勿論覚えている。
だが当然、秋山が大人しく言うことを聞いてくれるとも思ってはいなかった。
ベッドに腰掛けて俯いた秋山とその脇に立つナマエとの間で、奇妙な沈黙が流れる。
そして十数秒後、冒頭の台詞に繋がった。

さてどうしたものかと、ナマエは思案する。
左腕と脇腹、そして右大腿部の負傷はどう控えめに言っても重傷だ。
全治一ヶ月の傷が二週間で癒えるはずもない。
病室でも諭した通り、セックスをして傷が開きましたなんて間抜けな事態は避けたいところである。
しかし、どうにもナマエに対しては精力絶倫の気がある秋山にすでに二週間我慢させていることもまた事実だった。
二週間のお預けといえば、かつてナマエが研修のため渡米していたことを思い出す。
あの時は、帰国するなり飢えた秋山に美味しく頂かれたのだ。
恐らく秋山にとって、半月がデッドラインなのだろう。
その上今回は自分一人で処理することもなかったであろうから、限界を訴える気持ちは理解出来なくもない。
出来なくも、ないのだが。

「………本気でするの?」

包帯ぐるぐる巻きの相手を前に、どうぞご自由にお召し上がり下さい、とは言いづらい。
何をどう工夫しても、間違いなく痛いだろう。
確かに秋山は若干のマゾヒズム傾向にあるが、それとこれとは話が別だ。
誰が好き好んで、恋人に痛い思いをさせたいだろうか。

「お願い、します」

だが、見るからに憔悴しきった様子で頭を下げられ、無下に断ることもまた気が咎める。
脳内で不安定に揺れる天秤を、果たしてどちらに傾けるべきだろうか。

「……生きている貴女を、感じさせて下さい」

結局、最後の重石となったのは秋山の一言だった。
卑怯な奴、と内心で罵る。
半月前、ナマエが殺される幻影を見てしまった秋山にそう乞われ、拒否など出来るはずがなかった。

「……分かった。でも、私がするから動かないでよ」

それは譲歩なのか、それとも結果としてはただのサービスなのか。
深く考えるのはやめようと首を振り、ナマエは屈んでベッドの縁に腰掛ける秋山に口付けた。
一度触れるだけのキスを落としてから瞼を持ち上げ、秋山の双眸を覗き込む。
そこに渇望と情欲の色があることを確かに認め、ナマエは秋山の両頬に手を添えると再度唇を押し当てた。
今度は秋山の唇と歯列を割り、舌を滑り込ませる。
即座に絡み付いてくる秋山の舌を宥めるように撫でながら、口内を余すことなく堪能した。
ん、と秋山のくぐもった声が鼻から抜ける。
薄目を開けて見れば、眉間に皺を寄せた秋山が必死でキスを受け止めていた。

「……っ、ふ、……ぁ……」

長い口付けを解いてみれば、互いの舌を銀糸が繋ぐ。
すっかり蕩けた瞳で見上げられ、ナマエは大の男に向けるには不適切な形容詞を脳裏に過ぎらせた。
かわいい、かもしれない。
即座に自分で自分の感覚を否定しながら、小さく苦笑する。
それを見咎めた秋山が口を開く前に、ナマエは指先を滑らせて秋山のシャツのボタンを一つ外した。
焦らすことなく上から順にボタンを全て外し終え、怪我に障らぬよう慎重に腕から抜き取る。
そんな気遣いを台無しにするかのごとく、秋山が自らの手を伸ばしてナマエの服を脱がせようとするので、ナマエは思わず秋山の頭を軽く叩いた。

「大人しくしてなさい」

すみません、と苦笑した秋山に代わり、自らシャツを脱ぎ捨てる。
その途端、穴が開くのではないかと危惧するほどに熱心な視線を感じた。
それは淫欲なのか、はたまた。

「怪我なんて、してないよ」

発言内容の証明として、スキニーのパンツと下着も一気に取り払った。
勿論古傷はあるが、半月以内に負った怪我の痕などどこにもない。

「ね?」
「……はい、」

秋山の前髪を指先で掻き上げ、視線を絡める。
安堵を滲ませた秋山は、いっそ泣き出しそうなほどに顔を歪めて一つ頷いた。
もう一度軽くキスをしてから、首筋、鎖骨、胸板、と唇で辿る。
秋山の、普段より圧倒的に速い鼓動が伝わってきた。
触れる肌が熱い。
名前に氷という字が入っているわりに、秋山は体温が高かった。
生きている証拠だ、と胸臆で零す。
唇で、指先でなぞるパーツの一つひとつに、生者の温もりがあった。

今回の一件で相手の心配をしていたのは、秋山だけではないのだ。
秋山が意識不明の重態で病院に運び込まれたと聞いた時にどれほどの衝撃を受けたのか、知っているのだろうか。
手術が終わっても意識を取り戻さないと連絡を受けた時に心臓が押し潰されそうだったことに、気付いているのだろうか。
眠り続ける秋山の警護を弁財に任せている間にどのような心地で捜査の指揮を執っていたのか、分かっているのだろうか。
恐らく、答えは否だ。
それを詰るつもりはないし、理解を求めるつもりもない。
秋山が知る必要のないことだ。
それを知っているのは、己だけで良い。
でもせめて頭ではなく身体には、叩き込んでおきたい。
ナマエがどんな思いで秋山氷杜の恋人という肩書きを持っているのか、ということを。





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