コバルトブルーの誇り[1]
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その電話を取ったのは、加茂だった。

淡島が非番、そして伏見が遅番という、常よりも緩んだ雰囲気に包まれた午前の情報処理室。
秋山も非番のため、室内に詰めていたのはナマエ、弁財、加茂、道明寺、さらに元剣四組の四人だった。
内線の着信に、加茂が受話器を上げる。
セプター4の総合受付から情報処理室に内線が回されることは然程珍しくもないので、最初は誰もその電話を気に留めなかった。

「ーー 秋山がっ?!」

しかし、加茂の口から彼らしくない酷く驚いた声音が迸り、またその単語に、全員が顔を上げた。
ナマエも思わずキーボードに走らせていた手を止めて、加茂に目を向ける。
そこには、青褪めた顔で席を立ち、電話口の向こうに耳を傾ける加茂がいた。
受話器を片手に、加茂の視線がちらりとナマエに流れてくる。
どうやら厄介な事態になったらしいということはすぐに察せられた。
秋山は間違っても非番の日に何か問題行動を起こすような人間ではない。
となると、何かしらの事件に巻き込まれたのだろう。
しばらく相手の言葉を聞いていた加茂は、最後に短く礼を言って受話器を置いた。

「なに?秋山どうかしたのか?」

全員の視線が加茂を窺う。
いの一番に口を開いたのは道明寺だった。

「……提携病院からだ。秋山が、意識不明の重体で搬送された、と」

加茂の双眸が、気遣わしげにナマエを見つめる。
室内に一拍の沈黙が落ち、そしてほぼ全員が一斉に立ち上がった。
どういうことだ、誰にやられた、今すぐ病院に、と隊員たちが口々に叫ぶ。

「詳細は」

そんな中、椅子に腰を下ろしたまま、ナマエは加茂に問い掛けた。

「出血が酷いらしく、今緊急の手術を、」
「違う。犯行の詳細は」

秋山の容態を説明しかけた加茂の言葉を遮ったナマエの声に、情報室が一瞬で静まり返る。
加茂が僅かに頬を歪めた。

「ヒトマルフタマル頃、秋山は古橋六丁目の路地裏で倒れているところを近隣住民に発見され、そのまま救急車で搬送された。その時点で本人に意識はなく、襲撃の詳細は不明だ。救急隊員が秋山のタンマツに入ったセプター4の標章に気付き、提携病院に搬送したとのことだ」

加茂が電話で受けた説明をそのまま口にすれば、ナマエは小さく顎を引く。
その表情に、動揺は微塵もなかった。

「道明寺、室長の無事を確認して。執務室にいるなら、そこから動かないようにって言っておいて」

加茂に向けられていた視線が、立ち尽くす道明寺に移る。
そのまま、ナマエは立て続けに指示を出していった。

「布施、副長と伏見さんに連絡して出勤してもらって。もし屯所にいないなら、事情を説明して十分警戒するように伝えて。加茂、通報者は?」
「救急車に同乗してくれたそうだ。今は病院にいる」
「弁財、五島。病院に行って事情聴取よろしく。加茂と榎本は現場付近の監視カメラ全部確認しといて」

矢継ぎ早な、しかし普段と全く調子の変わらない淡々とした指示に、それぞれが僅かに浮き足立った様子を見せながらも動き出す。
その時、日高がバンっとテーブルを叩いた。

「ナマエさんっ、何してんすか!秋山さんは?!」

その怒声に、全員の動きが止まる。
前のめりになった日高の瞳が、明らかな焦燥を滲ませていた。
不安、疑念、配慮。
隊員たちの、様々な思惑を映した視線がナマエへと向けられる。
しかしナマエは動じなかった。

「日高。今日非番の隊員が何人いると思ってるの」

抑揚のないその言葉が、犯人が偶然秋山を襲撃したわけではなく、セプター4の人間を敢えて狙った可能性を示唆する。
あ、と口を開いて固まった日高に、ナマエから最後の指示が飛んだ。

「全隊員に外出禁止令を。非番の隊員の所在を確認して、もし屯所内にいない隊員がいるなら報告を。すぐに援護に向かう」

一呼吸分押し黙り、やがて「すんません……」と絞り出すように呟いた日高が、部屋の隅にある館内放送用のマイクへと駆け寄る。
ナマエは制服からタンマツを取り出し、秋山から何の連絡も入っていないことを確かめてから、抜刀許可の申請コードを打ち込んだ。




「秋山の姿を最後に捉えたのは、古橋駅構内の監視カメラです。そのまま南口を出たことは分かりましたが、それ以降の足取りは不明。近隣の監視カメラを全て確認しましたが、犯人と思しき人物も発見出来ていません。通報者の事情聴取でも、これといった手掛かりは掴めませんでした」

事件の一報が入った一時間後、ナマエは室長室を訪れていた。
つまり何一つ判明したことはない、というナマエの報告に、宗像はふむ、と唸る。

「現在、全隊に外出禁止令を発令。幸い外出している隊員は他にいなかったため、一般隊員は全員屯所内にて安全を確保しています」
「秋山君の容態は?」
「出血量が多く、未だ意識不明の状態が続いているとのことです。病院には弁財と五島が」
「なるほど、分かりました」

デスクに両肘をついた宗像が、組み合わせた手の上に顎を乗せた。
レンズ越しの双眸が、真っ直ぐにナマエを見上げる。

「君の見事な采配に感謝します。襲撃の狙いが明らかでない今、起こったかもしれない次の被害を未然に防げたことは大きい」

ナマエは小さく頭を振り、報告に用いたタブレットを小脇に抱えた。

「現時点でストレインの介在が認められないため、捜査権を有しているのは警察です。事情聴取は先手を取りましたが、もうこれ以上表立っては動けません」
「そうですね。ですが君はストレインによる犯行だと考えている」
「……身贔屓は承知の上ですが、秋山がいくらサーベルを帯刀していなかったとはいえ、一般人の襲撃で深手を負うとは考えにくいかと」
「ええ、そうですね。私も君の意見に同感です」

そこには、ナマエと宗像の秋山に対する信頼がある。

「捜査権については、セプター4に委譲させるよう手を回します」
「……それ、大丈夫ですか」
「大丈夫ですよ。私は王ですから」

宗像の微笑に、ナマエは僅かに目を細めた。
宗像が可能だと言うならば、それは可能なのだろう。
ナマエはそれ以上の言及をやめた。

「淡島君と伏見君はもう出勤しているのですか?」
「はい、二人とも情報室に」
「なるほど。私は本件の捜査を君に一任しようと思っていますが、問題は?」
「ありません」

宗像の深淵な瞳が、静かにナマエを見据える。
上司が何を考慮しているのか正確に理解し、ナマエは背筋を伸ばした。

「何も、問題はありませんよ。室長」
「……それならば結構。報告は定期的にお願いします」

ナマエはそれを退室の許可だと理解し、宗像に一礼する。
そのまま踵を返し、執務室を後にした。








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