僕に愛される貴女へ[1]
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「なあ弁財。第二小隊の原澤ってどんな奴だ?」

その問いを投げ、弁財が盛大に顔を顰めるのを確認した瞬間、秋山は己の想像が的中したことを悟った。
やっぱり、という秋山の呟きと、弁財の溜息が重なる。

「まあ、あれだけあからさまなら誰だって気付くだろうな」

弁財は元直属の部下を思い浮かべているのか、やんわりと苦笑した。

原澤という隊員は、撃剣機動課第二小隊に所属している。
直接の部下であったことはないため秋山はさほど彼について詳しくないが、当然現場や合同稽古では顔を合わせるため、顔と名前は一致していた。
年齢は秋山の二つ下、つまり特務隊だと布施と同じ歳である。
秋山の知る限りでは実直で熱心な隊員であり、その剣技も性格を反映させたかのように真っ直ぐだ。
それが現場において有利か否かという点は抜きにして、素直に好感が持てる隊員であることは間違いなかった。


「まあ、多分お前のイメージ通りだろう。真面目で品行方正、若いが見込みのある男だ」

おおよそ予想通りの人物像に、秋山はふうんと相槌を打つ。

「真っ直ぐすぎるのが玉に瑕だが、それは年齢と経験を重ねて何とかなっていくものだろうからな」
「……弁財。俺が聞きたいのはそういうことじゃない」

あくまで元上官として若手の隊員を評価する姿勢を崩さない弁財に、焦れた秋山は声を低めた。
弁財が苦笑を深める。

「はいはい、分かってるさ。だが、プライベートになっても大したネタはないぞ。他の隊員たちとも仲が良いし、これといった問題もない。実家は名古屋で一人っ子らしいが、そんなことはどうでもいいんだろう?」

挙げられるパーソナルデータに特筆すべき点は何もなく、秋山は溜息を吐き出した。

「まあ、現段階では牽制の仕様がないだろう。あいつは別に、何もおかしなことはしていない」
「……分かってるよ」

それが嫌というほど理解出来ているから、秋山は不愉快なのだ。

「……ナマエさんも、気付いてるよな」
「それはそうだろう。あれで気付くなという方が無理だ」
「……でも、何も言わないんだよな」
「だから、何も問題がないからだろう」

そうだよな、と秋山はもう一度長い溜息を零した。


それに気付いたのは、半月ほど前のことだった。
道場での合同稽古にナマエが参加した日の乱闘訓練で、ナマエはいつも通り踊るような剣捌きで数名の隊員を相手にしていた。
その稽古の終了間際、ナマエに勝負を挑んだのが件の原澤だった。
ナマエは常変わらず軽々と攻撃を避け続け、稽古終了の合図と同時に竹刀を原澤の手首に当てて彼の竹刀を叩き落とした。
それは、ナマエの常套手段である。
原澤の竹刀は宙を舞い、それと同時にバランスを崩した原澤は床に倒れ込んだ。
その際、原澤が足を捻ってしまったらしいのだ。
もちろんそれはナマエの落ち度ではなく、原澤のミスだ。
ナマエは乱闘中ならばともかく、稽古終了後の段階で目の前に立てなくなっている部下がいて放っておくほど薄情ではないので、何事か声を掛けながら原澤に手を差し伸べた。
秋山の位置からでは唇の動きまでは読み取れなかったが、恐らくは「立てる?」や「大丈夫?」などと気遣ったのだろう。
そこまでは、秋山にとってもごく当たり前の光景だった。
しかしその直後、ナマエの手を借りて立ち上がった原澤が顔を赤く染めていることに気付き、秋山は眉を顰めた。
それが激しい運動による高揚や、無様に尻餅をついたことに対する屈辱感によるものではないことは、一目瞭然。
熱に浮かされたような眼差しでナマエを見つめ、盛大に照れて後ろ頭を掻いた原澤の姿に、秋山は確信した。
あの男はナマエさんに惚れている、と。

その数日後、情報室に書類を届けに来た時も、原澤はナマエの姿を認めるなり頬を染めていた。
書類を受け取ったのは扉に最も近い位置にいた榎本であり、原澤とナマエが言葉を交わすことはなかったが、書類の受け渡しと説明という僅か五分間で、原澤は十回以上ナマエに視線を送った。
恐らくあの時、情報室に詰めていた特務隊の隊員たちは皆原澤の想いに気付いただろう。
それはもちろん、ナマエも例外ではないはずだった。


「まあ、恋愛話なんてしたことはないが、あの性格を考えれば純粋そうだな」

弁財の想像に、秋山は曖昧な相槌を打つ。
脳裏には、照れながらナマエを見つめる原澤の顔が浮かんでいた。
特務隊情報班の隊員であるナマエと、剣機第二小隊の隊員である原澤に、接点という接点は殆どない。
稽古で顔を合わせるのは月に一度、多くて二度程度だし、現場でもナマエは指揮情報車に残ることが多いため、直接顔を合わせることはあまりないだろう。
しかし同じ屯所に勤務しているのだから、廊下や食堂等、姿を見掛ける機会はもしかしたらそれなりにあるのかもしれない。
意識していなければ全く目に入らないが、その人の姿だけを探していれば自然と見つけられるものである。
秋山はそれを、自らの実体験として知っていた。

「あいつを見ていると、お前を思い出すな」

まさにそれこそが、秋山が不愉快な憂悶を抱えている最大の理由であった。

原澤のナマエに対する挙動全てに、秋山は身に覚えがあるのだ。
それはまだ、秋山がナマエと交際を始める以前のこと。
秋山も原澤と同様に、ナマエと言葉を交わすだけで頬が熱くなった。
近くにいれば、幾度も視線を送った。
訓練等の人が多く集まる機会には必ずナマエを目線で追っていたし、廊下でもいつもその姿を探していた。
接点の多少など関係なく、与えられる機会を一つも取り零さないよう必死だった。
当時は自らを客観視することなど出来ていなかったが、原澤を見ていると自身の行動に酷似していることを認めざるを得ないだろう。
今でこそナマエの恋人という肩書きを貰っているが、元々は秋山も原澤のように遠くから見つめるだけの片恋をしていたのだ。

「で?お前はまた下らないことに悩んでいるのか?」
「……別に、悩んでいるわけじゃないさ」

嘘だった。
決してナマエを疑っているわけではないし、原澤を疎んでいるわけでもない。
前者に関しては好意の対象にされていることになど何の罪もないのだから当然であるし、後者についても人を好きになることに何ら問題はない。
例えばこれで原澤の職務が疎かになっていたり、ナマエに対して強引に迫るなどの目に余る行動があれば話は別だが、そういったこともない。
それならば、単に一隊員が上官に対して淡い恋心を抱いているという、ただそれだけの特段珍しくもない話だった。
しかし頭でそう理解していても気分が鬱屈とするのは、それがナマエに関することだからなのだろう。
自分の恋人が、誰か他の男から好意を寄せられている。
それは決して気分の良いことではなかった。
例えば己に絶対的な自信があれば、それは全く気にならない瑣末なことなのかもしれない。
だが、ナマエの恋人であるという立場について自信など然程持ち合わせてはいない秋山にとっては、相手がたとえナマエと殆ど接点のない一隊員であっても立派な恋敵だった。
かつての自分を思い返せば、その理由は明白である。
顔を覚えて貰おうと丁寧に挨拶をし、認められようと努力し、少し距離が縮まれば事あるごとに話し掛けた。
原澤がそれと全く同じ行動を取ると仮定すれば、秋山にとっては充分に嫉妬の対象である。

「……ナマエさんって、ああいうタイプ、好きなのかな」
「充分悩んでいるじゃないか」

弁財の重厚な溜息が、卓袱台に突っ伏した秋山の後頭部に落ちた。





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