君のただいまが聞きたい
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※ K RETURN OF KINGS #11「kali-yuga」ネタバレ注意
#11オンエア直後の執筆のため、今後公式との矛盾が生じる場合がございます。












「おかえりなさい、伏見君」

そう言って微笑み、さも当然とばかりに両腕を広げた宗像を見て、とりあえず舌を打った。
無事な姿にほんの僅かでも安堵した自分がいることに、全力で気付かないふりをする。
伏見の唯一の王は、悠然と佇んでいた。
この人が、王だった。

「……俺は裏切り者ですよ」

思い出すのは、一ヶ月半ほど前の出来事だ。
御柱タワーにおけるjungle迎撃作戦の指揮を白銀の王が執る、という話になった時。
宗像は伏見を執務室に呼び出した。
二人きりの茶室、誰にも聞かれないよう王の力でシールドまで展開し、宗像は伏見に提案した。
保険をかけましょう、と。
それは作戦が失敗し、万が一石盤がjungleに強奪された場合の第二案だった。
君に緑のクランへの潜入をお願いしたいのです、と言った宗像は、いつもの通り静かに微笑んでいた。
伏見はその"お願い"を承服した。

そして、第二次御柱タワー襲撃事件において、宗像の危惧は的中した。
伏見は宗像と盛大な口論を演じ、サーベルを車両に突き立てて制服を脱ぎ捨てた。
そのままセプター4を離脱してjungleポイントを荒稼ぎし、一ヶ月でjランカー入りを果たした。

今日、伏見は宗像の姿をモニターで確認した。
善条一人を伴って読戸ゲートに現れた宗像は、何の疑念もない表情で伏見の行動を待っていた。
宗像の"信用"は、他者への無垢な思い込みではない。
宗像は知っているのだ。
そして伏見は、宗像の予想通りに動いた。
犬死にだと脅されようが、殺すと宣言されようが、知ったことではなかった。
無茶な命令に振り回されるのは嫌いだが、決して"ナシ"ではないのだ。
伏見猿比古は、宗像礼司のクランズマンだった。
だからゲートを開放した。
全て、宗像の作戦通りだった。
伏見が信じた王の、完全なる勝利だった。


だがそれは、宗像しか知り得ないことだ。
他の全ての人間にとって、伏見は裏切り者だった。

「今さら俺に戻る場所なんて、」

あるわけないでしょう。
そう、吐き捨てようとした時だ。

「伏見さんっっ!」
「伏見!!」
「ふじみざあんっっ!!」

耳を塞ぎたくなるほどの大絶叫に、伏見の声は遮られた。
おい誰だ不死身っつったヤツ俺は満身創痍だぞ死ね、と文句を言いかけ、伏見は口を噤む。
目線を遣った先、青い集団が全力で駆け寄って来るところだった。
先頭の日高が鬱陶しい男泣きをかましている。
伏見は瞬間的に身の危険を感じ後退ったが、それはちっとも意味を成さなかった。

「ふしみさんっ!!」

伏見より十センチも背の高い男が飛び付いてくる。
眼鏡がずれた。
ぶっ、とみっともない呻き声を上げる羽目に陥った。
だが身を捩る暇もなく、次々と隊員たちが抱き着いてきて、団子状態である。
伏見さん伏見さん、と口々に呼ばれる名前。
頬に日高の涙だか鼻水だかが付着し、伏見はぞっとした。

「ーーっざっけんなてめえら死ねええええっ!」

だから腹の底から怒鳴った。
流石に効果覿面らしく、伏見に纏わり付いていた男たちが少し離れる。
伏見は舌を鳴らし、思い切りずれた眼鏡の位置を直した。
しかし、明瞭になった視界に映る元部下たちは伏見の予想に反して怯んだ様子など一切見せず、にっこにこと音が付きそうなほど気持ち悪い笑みを浮かべている。
なんだこれ、と伏見が硬直したところで、一歩前に進み出たのは秋山だった。

「おかえりなさい、伏見さん」

聞き慣れた、柔和な口調。
穏やかな笑みでそう言って、秋山は背後に隠し持っていたものを伏見の前に差し出した。
それは、サーベルだった。
秋山のものでないことは、彼自身の左腰を見れば明らかだ。
即ちそれは、伏見の昴だった。
クリスマスの前夜、伏見が置いてきたサーベル。
それを、秋山は両手に捧げ持っていた。

「……なに、言ってんですか。もう、俺は、」

裏切ったのだ。
もう伏見はセプター4の人間ではない。
だが、秋山は手を下ろさなかった。

「貴方こそ、何を言っているんですか。これは伏見さんのものですよ」

秋山が優男に見えて意外と頑固だと知ったのは、いつのことだっただろうか。

「制服も、ちゃんとクリーニングしておきましたから」

そう言って微笑む弁財の淹れるコーヒーがわりと美味しいということを知ったのは、いつのことだっただろうか。
加茂が稀に焼くクッキーは程良い甘さで口に合って、道明寺はくそみたいな絵日記しか書けなくて、榎本はあの夜ずっとサポートをしてくれて、布施は嫌っているくせに何かとイベント事に誘ってきて、五島はいつだったか死んでも着たくない文字入りのシャツを押し付けてきて、日高は馬鹿で。

「伏見」
「……ふく、ちょ……」

秋山の背後から静かに歩み寄って来た淡島は、その瞳を僅かに潤ませていた。
一ヶ月前、伏見は淡島にナイフを向けた。
対象は草薙の持つタンマツだったが、明確に敵対したのた。

「……おかえりなさい、伏見」

それなのに、淡島はそう言って微笑む。
涼しげな目元を赤く染め、嬉しそうに。

「疲れたでしょう。帰ったら美味しい餡子を用意するわね」
「………いや、いりません」

思わず視線を逸らした。
図らずも宗像の方を向いた目に、柔らかな笑みが映る。
ね、と首を傾げられ、伏見は言葉に詰まった。

だって、こんなのは、違う。
こんな場所は、違うのに。

「……猿比古、」

鼓膜を揺らした声に、視線を引き寄せられた。
はっと振り向けば青い人垣が割れ、その間から小柄な姿が現れる。

「………ナマエ、」

真っ直ぐ見つめてくる瞳に、伏見はそれ以上の言葉を紡げなかった。
この女にさえ、伏見は作戦の内容を明かさなかったのだ。
何の説明もせず組織を抜け、連絡一つ入れず、一言も残すことなく置いて行った。

「ばか」
「……っせえよ」
「猿比古のばか」
「だからうるせえって言ってんだよ」
「猿比古の馬鹿!」

ちっ、と舌打ちが漏れる。
ナマエの瞳は、涙に滲んでいた。
だが泣かなかった。
見据えてくる視線は凛と強かで、一切の迷いもなかった。

「……次は、許さないんだから。もう二度と、こんなこと、絶対に許さな、」
「もう黙れよ、ナマエ」

大股で距離を詰め、頭を掴んで無理矢理胸元へと押し付ける。
顔を埋めたナマエが、小さく鼻を啜ってから頷いた。
はあ、と盛大な溜息が漏れる。
ふと見渡せば、皆が微笑ましいものを見つめる視線で伏見を見ていた。
くそ、と内心で吐き捨てる。
舌打ちをして顔を背ければ、やはりそこには宗像がいて、ペットを見守る飼い主みたいな目をしていた。
ざけんな死ね、とこれも内心で吐き捨てる。

ナマエから手を離せば、顔を上げたナマエは嬉しそうに目を細めた。

「おかえり、猿比古」
「おかえりなさい、伏見さん」
「おかえりなさい、伏見君」

馬鹿の一つ覚えみたいに、同じ言葉を全員が繰り返す。
もう聞きました、と唸れば、返事を聞いてない、と詰め寄られた。

「ほら、伏見君。おかえりなさい」

宗像が、伏見の王が優しく微笑む。
ざけんな陰険、悪趣味、無茶な命令ばっかりしやがって。
そう悪態をつかないと、胸の内で何かが溢れ返りそうだった。

「………た、だいま……」

ぼそり、と。
殆ど聞こえないような声で呟いたはずなのに、なぜか全員に伝わってしまったらしい。

「おかえりなさい!」

またもや気色悪い笑みを全員に浮かべられ、伏見はいよいよ居た堪れず舌を鳴らした。

「おかえりなさい、伏見さん!」
「……もういいんで、それ」
「ほら、もう一回言って下さいよ」
「いやだから、ほんともういいんで、」
「何言ってるんですか。ちゃんと全員にただいまって、」
「ーーっるっせえんだよ死ねえええ!」

青空の下、何度目かの絶叫に喉を痛める。
選んだ場所を間違えた気がした。
自分で自分の首を絞めた、絶対に。

だが、それは、ナシではなかった。


"おれの王は ーーー "

三年前から、何度も唇の手前で途中まで呟いたフレーズ。
何の憚りもなく最後まで口にする日が来るなんて、絶対にあり得ないと思っていた。
実際今も、その台詞は薄ら寒い。
だが、続く言葉に迷いはなかった。

"おれの王は、宗像礼司だ"

口の中で、声には出さずに呟く。
きっと、伏見の王にはそれが聞こえたのだろう。
目を細めた宗像が、微かに顎を引いた。

ああ、帰って来た、と。

そう感じたことに、もう一度舌を鳴らした。







君のただいまが聞きたい
- ここに、帰る場所があるのだから -





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