変態と酔っ払いによる幸福会議[3]
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つくづくと思う。
酒とは恐ろしい飲料だ。
二ヶ月前に己の身を以て実感したことを、今度は目の前で再現されている。
こんなことになるのなら自分も前後不覚になるまで飲んでおけば良かったと、後悔しても後の祭りだ。

「第一回、ミョウジさんに聞く秋山についての十のしつもーん!ぱちぱちぱちぱち〜」

気の抜けた擬音語に重ねて拍手をする道明寺に、秋山は小さく呻く。
恐ろしいのは、秋山とナマエを除く面々が、道明寺に倣って手を叩いていることだった。
数分前まで畳とお友達になっていたはずの榎本や布施まで、いつの間にか復活している。
普段この手の話には絶対乗らない弁財と加茂も、完全に悪乗りしていた。

「もう、ほんと、やめてくれ……」

秋山の懇願など誰も聞いていない。
否、恐らくナマエの耳には届いているのだろう。
しかしナマエは話題が秋山とナマエのことに集中したこの数十分間、酔っ払いたちの馬鹿騒ぎを感情の読めない笑みと共に傍観しているだけで、一度も秋山に助け船を出してくれたことはない。
その気配すらない。
七人から総攻撃を食らっている秋山を見るのが愉しいのか、それとも少しはこの状況に羞恥を感じているのか、はたまた呆れているのか、それさえ分からない。

「第一問!ぶっちゃけ、ミョウジさんから見て秋山はどんな男?」
「………変態?」

少なくとも、秋山の味方をしてくれるつもりがないのは明らかだった。
ナマエの容赦ない回答に、秋山は撃沈する。

「具体的にどんなところが?」
「それが二問目?」
「うん、そーゆーことで」

そうだねえ、とナマエが思案する様子を見せた。
だが秋山には、それが演技だと分かる。
きっと、次に発する言葉が一番効果を発揮するタイミングを狙っているのだ。

「盗撮した写真を持ち歩いてるところとか?」

案の定、焦らされた面々の真ん中に落とされた発言は威力絶大で、テーブルを爆笑が包んだ。
秋山の味方をするどころか、完全に敵側である。

「じゃあ次、加茂」
「そうだな……、では、第三問。秋山に言われて嬉しかったことは何だ?」

どうやら反時計回りに質問者を交替させていくらしい。
真面目くさった顔で、さも当然とばかりに道明寺の提案に乗る加茂に、秋山はこの状況の異常さを呪った。
しかし、その質問は偶然にも秋山の興味を刺激した。
確かにそれは聞いてみたい。
もちろんこんな人前でではなく、二人きりの時に、だが。

「嬉しかったこと、ねえ。……今夜はオムライスですよ、かな」

明らかに巫山戯ていると分かる回答に、秋山は苦笑する。
全員の前で小っ恥ずかしい台詞を披露されずに済んだことに対する安堵と、本音を聞けなかったことに対する落胆が入り混じった。
それとも、まさかそれがナマエの正直な答えなのだろうか。

「じゃあ、ナマエさんは飛ばして次は俺っすね!えーーっと、第四問!……秋山さんってあっち方面上手いんすか?」
「日高ッ!!」

今日一番の大声が、喉の奥から迸った。
不味い、流石にそれは不味い。
すでに色々問題だが、それはいけない。
酔っ払いの戯言として聞き流せる範囲を逸脱している。
ナマエに対する立派なセクハラ、もしくは上官侮辱罪だ。

「んーー、そうだねえ」

しかし当の本人であるナマエは、全く気にしていないらしい。
まるで秋山だけが過剰に反応している、とばかりの空気が理解出来ない。

「君のあっち方面を知らない以上、比較評価の仕様がないんだけど。でも、私は嫌いじゃないよ」

ひゅう、と誰かが口笛を吹いた。
ナマエからちらりと流し目を向けられ、秋山は気恥ずかしさに俯く。
秋山は、ナマエの"嫌いじゃない"が"好き"と同義だということを知っていた。
上手いと評価されるよりも、好きと言われることの方が何倍も嬉しい。
現金にも緩む口元に、秋山はそっと手を当てた。


その後、榎本、五島と質問は続いた。
どちらも秋山の羞恥心を盛大に煽る問いで、周囲からは冷やかしやら爆笑やら口笛やらを頂戴した。
かつて、確かに秋山は願った。
まだナマエとの交際を弁財にしか明かしていなかった頃、他の男とナマエが話す度、その人は俺の恋人なのだと宣言したいと切望した。
関係を明かしたい、知らしめたいと、そう思っていた。
泥酔した二ヶ月前の飲み会で堂々とナマエに甘えたのもきっと、皆に見せつけたいという底意の現れだったのだろう。
しかし素面の秋山には、その前に羞恥心という厚い壁が立ちはだかるのだ。
こんな風に余興の一環とばかりに揶揄されて平常心を保てるほど、ましてやこの状況を楽しめるほど、秋山の肝は据わっていない。

「じゃあ次は布施ー!第七問!」

この数十分でさらに杯を重ねた道明寺たちの勢いは止まらなかった。
そろそろ誰かが服を脱ぎだしそうな雰囲気である。
秋山は、今日伏見が不参加であることを心底ありがたく思った。
この場に伏見がいれば、どれほど蔑んだ目で見られる羽目に陥ったかは想像に難くない。
あの不機嫌な上司がまさかこの馬鹿騒ぎに加担などしなかっただろうが、万が一興に乗じた場合、どんな質問が突き付けられたのかは考えるだけで恐ろしかった。

「ミョウジさんって、プライベートだと秋山さんのこと何て呼んでるんですか?」

これまでで最も害の少ない質問に、秋山はほっと息を吐き出す。
布施がまともな男であることに感謝した。

「んーーー、……ひもりん?」
「ちょっ、ミョウジさんっ?!」

しかし安堵したのも束の間、思わぬ伏兵に形勢を逆転される。
数人が派手に吹き出した。
日高と道明寺など、テーブルをばんばん叩いて笑い転げている。
加茂と榎本は遠慮のつもりなのか必死で声を殺しているが、その肩は明らかに震えていた。
ちらりと隣を窺えば、弁財まで目に涙を浮かべて笑っている。

「そんな呼び方したことないじゃないですかぁ……」

食えない笑みを浮かべたナマエに文句を言ってもどこ吹く風、ナマエは平然と冷酒を呷った。
もう何杯目かも分からないが、ナマエも酔っているのだろうか。

「次は俺だな」

一頻り笑い、全員が何とか落ち着いたところで弁財が背筋を伸ばした。
そんな律儀さは全くもって必要ない。

「第八問。……以前、秋山のどこが好きかと訊ねました。あの時は、外見の話でしたが。今度は、内面について聞かせて下さい」

こんな戯れに興じる時点で盛大に酔っているくせに素面同然の口調で質問する弁財を、秋山は内心で罵った。
そもそも、前置きの意味が分からない。
それはいつの話だ。

「……内面、ね」

ナマエが小さく復唱する。
今度は本当に思案しているのか、目線が宙を彷徨った。
何と答えるつもりなのか、秋山は無意識のうちに津液を呑み込む。
この問いの答えに充たる言葉を、ナマエからは一度も聞いたことがなかった。

「まあ、色々あるんだけど。強いて一つ挙げるなら、変態なところじゃない?」
「……ミョウジさぁん………」

喜ぶべきか悲しむべきか、それすら判別出来ない答えである。
しかしそれを聞いた弁財は満足そうに、そうですか、と笑った。




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