たとえば、その刹那[4]「……ミョウジ、さん……?」
沈黙した回線に、秋山は呆然と呼び掛ける。
しかし答えはなく、ただ窓の外で炎と黒煙が立ち昇るだけだった。
いつの間にか身体から道明寺の腕は外れていたが、秋山は身動き一つ取れずに立ち尽くす。
「秋山っ!」
道明寺に呼ばれて振り返ろうとした矢先、視界の端に緑色の光線が閃いた。
秋山が放心したまま何も出来ぬ間に、首根っこを掴まれる。
「榎本退けえっ!」
そう叫んだ道明寺に投げ飛ばされ、秋山は受け身もとれず曲がり角の向こうに倒れ込んだ。
すぐそばに榎本が這い蹲り、一拍遅れて道明寺が滑り込んで来る。
肩を床に打ち付けた秋山が呻きながら起き上がろうとしたところで、勢いよく馬乗りになった道明寺に思い切り頬を殴られた。
ぐ、と潰れた声が漏れる。
「こんのバカ山っ!!」
思い切り捻った首を緩慢に戻した秋山の視線の先、腹の上に跨った道明寺が童顔に似合わぬ精一杯の瞋恚を込めて秋山を怒鳴り付けた。
「何のために伏見さんがインカム切れって言ったと思ってんだ!俺たちにこっちに集中させるためだろーがっ!一刻も早くミョウジさん助けるためだろーがっ!」
道明寺の怒声が廊下に響き渡る。
「お前だけが特別だと思うなよ!俺もっ、伏見さんもっ、榎本も弁財も加茂もみんな!ミョウジさんのことが大好きだ!今すぐ助けに行きたいのがお前だけだと思ってんならブン殴るかんなっ!」
ぽかんと口を開けた秋山の隣で、榎本が「もう殴ってますけどね」と呟いた。
『……俺を一緒にしてんじゃねーよクソ道明寺』
ぼそり、とインカムの向こうから伏見の低音が聞こえる。
その段になってようやく、道明寺は一連の台詞が全員に筒抜けだったことを思い出したらしい。
「あ、やっべ。ドサマギでミョウジさんに告っちゃった!」
ナマエが伏見の指示に従っていれば、ナマエのインカムは発信を切っていても受信は出来ているはずだった。
「ミョウジさんなら大丈夫だって、秋山。あの人は殺しても死なないって、俺のシックスセンスが言ってんだよ。だから、ちゃちゃっとこっち片付けて助けに、ーーーって今いいこと言ってんだから空気読めよ!」
秋山を見下ろして笑った道明寺が、咄嗟に振り返ってシールドを展開する。
ストレインが二人、そのうちの片方が攻撃を仕掛けていた。
道明寺と榎本がサーベルを構えて青い障壁を作り出す。
秋山は床に投げ出されたサーベルを掴み取り跳ね起きた。
立ち上がって二人の隣に並び、自らのサーベルを掲げて青い障壁を生み出す。
ちらりと視線を交わせば、道明寺が横顔で笑った。
「ポイントA、ストレイン二名と交戦中」
インカムに向けて発した声は、常と変わらぬ音だ。
秋山は痺れる右手に左手を添えた。
『ポイントC、同じくストレイン二名と遭遇』
『分散されたか。ポイントBにも二名だ』
弁財、伏見の報告が続く。
秋山は押し負けそうになる圧力に耐え、緑色の閃光を睨み付けた。
屈するわけにはいかない。
信じて待ってくれている人がいるのだ。
必ず助け出す。
秋山は意識を集中させ、身の内の青を操った。
どのくらいの時間が経っただろうか。
三ヶ所に分かれた双方にとっての激しい消耗戦は、何十分と続いた。
時間が経てば経つほど、秋山は焦燥に身を焦がす。
通信があった時点で、ナマエはまだ生きていた。
しかしその声は明らかに負傷を思わせるくぐもった音であったし、咳も酷かった。
どう考えても無傷ではいないだろう。
その上、指揮情報車には二人の隊員がいた。
どちらも情報課の課員で、基礎的な戦闘訓練しか受けていないのだ。
相手が一般人であればある程度は対処出来るだろうが、ストレインや戦闘慣れした者と対峙した場合は足手まといになるのが目に見えていた。
その二人を庇いながら、ナマエは一体誰と戦っているのか。
伏見が報告を必要としなかったため、指揮情報車を狙った敵の人数や能力等は一切明らかになっていなかった。
「道明寺!榎本!大丈夫か?」
西病棟の手前まで後退させられた秋山は、力を振り絞ってシールドを保ち続ける。
「なんとかっ」
「あーーもうっ、俺持久戦苦手なのにさぁ!」
榎本と道明寺の切羽詰まった声に、秋山は唇を噛んだ。
サンクトゥムの庇護なくして、クランズマンは本領を発揮出来ない。
このままでは突破されるのも時間の問題だった。
インカムから聞こえて来る伏見や弁財のチームも、状況は似たり寄ったりだ。
どこか一ヶ所でも破られてしまえば、あっという間に中を破壊されるだろう。
三十人の命が掛かっている。
そしてその先には、ナマエが待っているのだ。
秋山は疲弊した身体を気力で前に押し出した。
国防軍時代、ナマエに教わったことがある。
もう無理だと思った時は、諦めろ。
力を抜いた瞬間に、死ねるから。
そう言って、上官として突飛の極致みたいな教えをくれたのだ。
秋山は、全て反語だと解釈している。
もう無理だと思った時にそれでも諦めなければ、きっと生き残れるのだ、と。
「諦めませんよ」
秋山は、喉の奥で小さく呟いた。
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