貴女がくれる甘美な熱[3]
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なんて色気のある人なのだろうか。

下着のゴム部分を食み、口と指を両方用いてゆっくりと下着を下ろしていくナマエは、あまりにも淫らだった。
ようやく穿き口から飛び出した欲望は、すでに先走りを零して天を仰いでいる。
秋山の脚からロングパンツと下着を抜き取ったナマエは、泣き続ける熱芯の先端に優しく口付けた。

「ぁ……っ、は……、ぁ……」

ようやく与えられた直接的な刺激に、秋山の腰が反射的に逃げを打つ。
それを許さないとばかりに、ナマエの左手が秋山の太腿に絡んだ。
赤い舌をゆっくりと伸ばしたナマエが、秋山の零した先走りを舐め取る。
円を描くように蠢く舌先は、的確に秋山の弱い部分を刺激した。
いつの間に、そんなことまで把握されてしまったのだろうか。
秋山の下半身を固定していたナマエの手が、後ろから脚の付け根をそっとなぞった。

「ーーっ、あ……、っ、」

全く予期していなかった刺激に、みっともなく身体が跳ねる。
欲望がこれ以上ないほどに膨れ上がった。
熱くて、痛くて、気持ち良くて堪らない。
唇を離したナマエが、秋山を見上げて艶然と笑った。
蠱惑的で、淫らで、狂おしいほどに愛しい。
まともな思考など疾うに失った秋山は、熱に浮かされたようにナマエを見つめた。
ぐずぐずに溶けた脳髄は、ただ目の前にいるナマエのことしか認識しない。
熱芯が、期待に脈打った。

唇に挟まれて、その中へと招き入れられて。
舌で優しく刺激されながら、温かい粘膜に包み込まれて。

ナマエが与えてくれるであろう快感を想像するだけで、乱れた吐息が熱くなる。
焦らすように秋山の下腹部を舐めるナマエの髪に指を絡め、秋山は喉の奥で呻いた。

早く、触れてください。
いちばん気持ちいい、その場所に。

秋山の渇望を知ってか知らずか、ナマエの指先が秋山の内腿を這う。
目の前にあるのに与えられない施しに焦れ、秋山は腰を揺らめかせた。

「……ナマエさ……ぁ、ん……っ、」

懇願した秋山を見上げ、ナマエが淫蕩な笑みを浮かべる。

「ひもり、」

唇が、囁くように秋山の名を呼んだ。
腰の奥が重く痺れ、背筋が甘く震える。
秋山の太腿を艶かしく這っていた指先が、刺激を渇求して打ち震える熱芯を悪戯に弾いた。

その瞬間、到底信じられないことが起きた。

どくり、と大きく脈打った欲望の先端から、勢いよく白濁が迸る。

「ひっ、ぁああ……っ」

秋山は、唐突に弾け飛んだ思惟の片隅で噛み殺すことも出来ずに悲鳴染みた声を上げた。
噴き上げた白濁が、ナマエの頬や髪を穢す。
長く激しく欲望を撒き散らした熱芯を、粘り気のある体液が白く伝った。
はたり、とナマエの花瞼が瞬く。

「………は?」

真っ白な世界に、ナマエが唖然とした声で一文字だけの疑問を落とした。

まさか、あれだけの、ほんの一瞬の刺激だけで、達してしまったのか。

状況を理解した途端、秋山はその場に膝から崩れ落ちた。
下半身を丸出しにした情けない格好で、床に座り込む。

「……ぅ……あ……、……すっ、みませんごめんなさい違うんです本当にすみませんっ!」

両手で顔を覆い、秋山は喚いた。
謝罪と意味を成さない否定が飛び出す。

「ごめ、なさい……っ、ほんと、に、……す、みませ……っ、……ひ……っん、ぅう……ぅ……」

急激に迫り上がった涙を我慢することも出来ず、秋山は声を殺して泣いた。

ほんの少し触れられただけで、達してしまった。
しかも、ナマエの顔を穢すという失態まで犯した。
久しぶりだったからだとか、疲れていたからだとか、そんなことが言い訳になるはずもない。
あまりの情けなさと罪悪感に押し潰され、秋山はしゃくり上げながら泣き続けることしか出来なかった。


「……まったく、君は本当に」

頭上に落とされた呆れ声に、秋山の肩が跳ねる。
秋山の歔欷に混じり、ナマエの溜息が降って来た。

怒っているだろうか。
幻滅されただろうか。

馬鹿にされるくらいなら一向に構わないが、もういい、と見限られることだけが恐ろしい。
秋山は胸懐を憂懼で満たし、ひたすらに怯えながら断罪を待った。

「氷杜、」

名前を呼ばれた次の瞬間、ぽん、と頭の上に置かれた手。
秋山は、涙に濡れた顔を恐る恐る持ち上げた。
そこには、言葉に反して穏やかに笑ったナマエがいる。

「ほら、泣かないの」

子どもにするような仕草で頭を撫でられ、秋山は再び滲んだ涙を隠そうと手の甲で目を擦った。

「ばか」

一言、秋山を優しく罵ったナマエの手が、秋山の手首を握り締めて動きを制する。
ベッドを降りたナマエが秋山の前にしゃがみ込み、音もなく唇を寄せると秋山の眦に口付けた。
驚きに、涙が引っ込む。

「泣き止んだ?」

顔を覗き込んだまま訊ねられ、秋山はおずおずと頷いた。
ん、とナマエが口元を緩める。

「……怒って、ないんですか……?」

ナマエはどうやら自分で拭ったらしいが、先程秋山は間違いなくナマエの顔を穢してしまった。
そのことに対する叱責は、と身構える秋山の前で、ナマエが苦笑する。

「あのねえ氷杜。君は私を何だと思ってるのかなあ」

問いのようで、そうではない独白。
秋山は口を噤んだままナマエを見つめた。

「君のカノジョは、恋人が早漏だったってだけで機嫌を損ねるようなつまんない女?」

耳に痛い単語は、確かに含まれていた。
しかし間違いなく反語の形を取っていると分かる、心外だ、とばかりの口調だった。

「ついでに言っておくと。私は君の精液を飲めるんだから、今更どこに掛かろうが気にしないんだけど?」

何の衒気も、嫌悪も、揶揄もなく。
さも当然のことのように淡々と告げられ、秋山は瞠目する。

「私としては、それだけ興奮してくれたなら恋人冥利に尽きるけどねえ」

そう言って笑ったナマエに、秋山は情けなく眉を下げた。
空いた日数も、疲労も、本当は関係ないのだ。
相手がナマエであり、そしてナマエが秋山を愛してくれた。
それが秋山を煽る根本の理由であり、何にも勝る幸福だった。


「……今度は俺に、愛させて下さい」

腕を伸ばし、ナマエの身体をもう一度抱き締める。
小さく笑ったナマエが、秋山の耳元で吐息に混ぜた囁き声を零した。

「君が欲しいよ、氷杜」


ああ、もう一度泣いてしまいそうだ。

秋山は奥歯を噛み締め、ナマエの身体を強く掻き抱いた。






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