そこに愛があるならば[2]
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秋山と弁財は二時間半ほど車を走らせ、昼過ぎに椿門へと帰着した。
一週間ぶりに顔を出した屯所は、なるほど淡島の言う通り忙殺されていた。
廊下を半ば駆け足で歩いていた隊員を捕まえて問い質すと、午前中に第三種展開による緊急出動があり、まだその後処理で特務隊の半数は現場に残っているという。
秋山と弁財は顔を見合わせ、奔走しているであろう同僚たちを思い浮かべた。
恐らく道明寺や日高辺りが悲鳴を上げていることだろう。
出張から戻ったばかりだからといって休ませてもらえそうにはないと、覚悟を決めて情報処理室の扉を開けた。

緊急出動の後始末以外にも案件が重なっているのか、室内の人数は極めて少ない。
伏見と加茂、以上である。
扉に一番近いデスクで書類を捲っていた加茂が、秋山と弁財に気付くなりその顔に安堵を滲ませた。

「よかった、ようやく戻って来てくれたか」

これが道明寺や日高ならばまだ分かる。
しかし、まるでヒーローが登場したと言わんばかりに迎えてくれたのがあの加茂となると、この一週間がいかに大変だったか余すところなく伝わってきた。

「すまない、遅くなった」

秋山と弁財とて、決してバカンスに行っていたわけではない。
あちらはあちらで大変だった。
だが、加茂の目の下に刻まれた隈を見ると、条件反射的に謝罪が口を突いて出る。

「伏見さん、ただいま戻りました」

秋山が、キーボードを猛然と叩いている伏見に声を掛けると、加茂以上に顔色の悪い伏見が凶悪とも言える表情で顔を上げた。

「……報告書、明日でいいから。とりあえずあれ、何とかしろ」

あれ、と顎を向けられた先に視線を送ると、普段秋山と弁財が使っているデスクの上に書類が山積みになっている。
屯所を離れる前に抱えていた案件は全て片付けておいたはずだが、この一週間で色々と溜まったのだろう。

「分かりました」

秋山と弁財は揃って頷き、早速仕事に取り掛かった。


その二時間後、道明寺を筆頭に元剣四組が現場の後処理を終えて情報室に戻って来た。
秋山と弁財を見た途端、道明寺と日高が歓声を上げて二人に飛び付き、即座に伏見の舌打ちを食らって慌ただしく閉めたばかりの扉を開けて出て行った。
ストレインの取調べだろう。
榎本と五島がデスクに崩れ落ちて報告書に取り掛かり、布施は裁判所に出向いている淡島を迎えに行くと言い残して部屋を後にした。
誰も彼も疲れ切っている。
この分では明日の非番も取り消しだな、と思いながら、秋山はふと時計に目をやった。
隊員の外出予定表によると、ナマエは昼過ぎには国土交通省から戻ることになっているのだが、未だその気配はない。
だがここにいればいずれ会えるだろうと、秋山は次の書類に手を伸ばした。


十八時すぎ。
秋山は処理出来る範囲の書類を粗方片付け、凝り固まった背筋をぐっと伸ばした。
気が付けば部屋には弁財しかいない。

「弁財。ちょっと経理課に行って来る」

立ち上がりざまにひらりと振って見せたのは、出張費用の申請書だ。

「悪い、頼む」

キーボードを弾いていた弁財の言葉に見送られ、秋山は部屋の外に出た。
経理課に領収書を添付した書類を提出し、そのまま食堂に寄って昼食兼夕食を掻っ込む。
碌に味も確かめないまま牛丼を胃に流し込み、再び情報室に戻った。
弁財がいなくなっており、代わりに室内には伏見の姿だけがある。

「お疲れ様です」
「……ああ」

秋山が声を掛けると、伏見が面倒臭そうに気怠げな声を出した。

「コーヒー、淹れましょうか?」
「……ああ」

再び同じ音が返ってきて、秋山は苦笑しながら給湯室に向かった。
砂糖とミルクを多めに入れたカフェオレと、ブラックコーヒー。
カフェオレの方を、邪魔にならないようにと伏見のデスクに置いた。
喉が渇いていたのか糖分を欲していたのか、伏見がすぐさまマグカップに手を伸ばす。
それを話し掛けても大丈夫だというサインと受け取り、秋山はデスクに戻らず再び声を掛けた。

「伏見さん。ミョウジさんがどちらにいるかご存知ですか?」
「………あ?」

カフェオレを一口飲んだ伏見が、緩慢な所作で顔を上げる。
真っ直ぐに見上げられ、秋山ははっとした。
そういえば伏見は、秋山とナマエの関係を知っているのだ。

「あの、別に変な意味ではなくて、書類の件で相談があるので探しているだけなんですが、」

疚しいことではないと、慌てて付け足した説明に嘘はなかった。
事実、秋山がナマエの居場所を伏見に確かめたのは、残っている書類が秋山とナマエの二人で担当したものであり、ナマエの意見を聞きたかったからだ。

「別に何も言ってねえだろ」

冷めた口調で冷静に切り返され、秋山はうっと言葉に詰まった。

「……すみません、」

思いきり墓穴を掘ったと、秋山は項垂れる。
私情を挟んではいない、という主張をしたはずが、逆にそれが私情になってしまった。
別に秋山は、自身が伏見にどう思われようと構わない。
色恋に感けている、と思われるのは情けないが、私情を挟んだことがないとはとても言い切れない以上、それは仕方のないことだった。
しかし、そのせいでナマエに迷惑を掛けることだけはあってはならない。
勿論ナマエは、秋山の言葉一つで落ちるような信頼を築いてはいないのだろうが、秋山は絶対にナマエの顔に泥を塗りたくなかった。

「……アンタも大変だな」

固唾を呑んで俯いていた秋山に、ぼそりと投げられた伏見の言葉。
意味を捉えきれず、秋山は顔を上げた。
椅子に腰掛けた伏見が、気怠げな視線で秋山を見上げている。

「あの人が相手じゃ」

付け足された言葉に、これが仕事ではなくプライベートな話なのだと悟った。
意外な展開に、秋山は目を瞬かせる。

「……伏見さんがどのような意味で大変と仰っているのか分かりませんが、俺は特にそう感じたことはありませんよ」

意図せずとはいえ自分から話を振ってしまった以上、秋山に誤魔化すことは出来ない。
素直に答えれば、伏見がはんっ、と嘲笑した。

「ミョウジが今室長の所にいる、って言ってもか?」

挑発するような声音で問われ、秋山は息を飲む。
伏見がどういう意味を込めて大変と言ったのか、一瞬で理解した。
同時に、この人はそんなことまで知っているのか、と驚く。

「アンタには手に負えない相手なんじゃないんですかねえ、って話ですよ、秋山サン」

わざとらしく付けられた敬称に、秋山はゆっくりと息を吸い込んだ。
そっと口元を緩め、真っ直ぐに伏見を見下ろす。

「確かに、ミョウジさんは俺なんかには勿体ない人です。でも、信じていますから」

秋山の答えに、伏見がレンズの奥で目を細めた。
値踏みするような視線を正面から受け止める。

「……コーヒー、どうも」

やがて、話は終わりだとばかりに伏見がパソコンのモニターに向き直った。

「伏見さん。教えて下さってありがとうございました」

秋山は小さく一礼し、デスクに戻る。
背後から舌打ちが一つ飛んで来たが、振り返らなかった。





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