同じ夜を何度も繰り返す[6]
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「……お前、大丈夫か?」

眉を顰めた弁財に顔を覗き込まれ、秋山は苦笑を返すことさえ出来ない。
生憎、とてもじゃないが大丈夫とは言えない状態だった。


秋山がナマエと喧嘩をしてから、二日と半日が経った。
秋山は未だに仲直りどころか謝罪さえ出来ておらず、さらに言うならばナマエと仕事上の会話以外一言も話せていなかった。
原因は二つ。
一つは単純に、勤務体制の問題だ。
一昨日は秋山が早番でナマエは非番、昨日は秋山が遅番でナマエは早番だった。
そしてもう一つ。
これはあくまで秋山が感じたことでしかないのだが、どうやらナマエは秋山を避けている様子だった。
一昨日の非番、ナマエは一日中外出しており屯所を離れていた。
昨日も勤務を終えるなり屯所を出て行き、いつ帰って来たのか秋山は知らない。
勿論、元々予定があっただけという可能性もある。
しかし偶然にしては出来すぎていて、秋山としては避けられていると考える方が自然だった。
顔も見たくないほど怒っているのだろうか。
秋山は、悪い方へ悪い方へと想像してしまい、睡眠不足と食欲不振でとても万全とはいえない状態に陥っていた。

昼休憩で弁財に誘われ食堂に足を運んだものの、どうにも食欲が沸かない。
心配した弁財が食堂のスタッフに依頼して作らせた卵雑炊を前に、秋山は蓮華を弄るばかりだった。

「少しは食べろ。身がもたないぞ」
「……ああ、分かってる」

弁財の忠告に生返事を返しながら、秋山はぼんやりと器の中身を眺める。
卵を見て思うのは、当然ナマエのことだった。
卵料理、特にオムライスが好きと聞いた時は意外に思ったものだ。
そう遠くないはずの、しかし懐かしいような気もする記憶に小さく笑う。
そのナマエは今、情報室で伏見と共にデータの解析に当たっているはずだった。
今日はまだ、仕事関連ですら一言も言葉を交わしていない。
ここ三日間、職務中のナマエは喧嘩をした事実などまるでなかったことのように振る舞う、まさにいつも通りの姿だった。
相変わらず、徹底した公私の区別だ。
必要があれば秋山に話しかけ、その際は負の感情など一切見せず、他の隊員に対する態度と全く変わらない笑みを浮かべる。
秋山が若干上擦った声を出そうが、気まずく視線を彷徨わせようが、意に介した様子など一片も見せなかった。

「分かってる、じゃなくて食べるんだ。お前、この状態で出動が掛かったらどうするつもりだ。それで碌に動けず迷惑など掛けようものなら、状況は更に悪化するぞ」

眉間に皺を寄せた弁財の言うことは尤もで、秋山に反論の余地はない。
全くもってその通りである。
秋山はその耳に痛い忠告に従い、蓮華で雑炊を掬った。
多少無理矢理にでも食べる方法は、国防軍時代に叩き込まれている。
秋山は冷めかけた雑炊を強引に口の中へと押し込んだ。

「まだ話せてないのか」
「……ああ」

カツ丼を頬張った弁財が、ちらりと視線を向けて来る。
周囲を気にして誰ととは言われなかったが、それは聞かずとも分かることだった。
弁財には一昨日、大方の事情を説明している。
殴らされた理由を聞かせろと迫られれば、秋山に否とは言えなかった。
結果、盛大な溜息を頂戴したわけだが。

「昨日も結局いつ帰って来たのか……」
「メールは?」
「してない」

なぜ、と弁財が視線だけで問うてくる。

「……なんか、一言、もういいからって返って来そうな気がして、」

それは直接話した場合も同様かもしれない。
だが顔を合わせていれば、その時にナマエがどんな表情を浮かべているのか見える。
どんな声音で、どんな口調なのかも分かる。
それらは、メールの文面からは読み取れないものだった。

「……なるほどな。まあ、痴話喧嘩は長引かせると厄介だ。早めに何とかしろよ」
「痴話喧嘩って……、そんな可愛いものじゃないだろ」

破局の危機かもしれないのに、と秋山は雑炊を掬いながら呻く。
そろそろ吐きそうだった。

この半年間で、秋山はナマエが物事にあまり執着しない人だと気付いた。
物理的にも精神的にも、ナマエは一定以上の距離感を保ち、依存をしない。
手の中にあるものに頓着せず、それを失くしたとしても未練を残さない。
淡白で、切り替えの早い思考回路だ。
ナマエはきっといつだって、秋山の手を離せるのだろう。
ナマエがくれる好きだという言葉を疑うつもりはないし、実際に秋山がナマエにとってその他大勢と一線を画した存在であることは明白だ。
しかし、それを手放すことにナマエは恐らく何の躊躇も未練も見せはしないのだろう。
ナマエには、好きだからずっと自分のものにしておきたい、という欲求がないのだ。
好きだけど、別に自分のものでなくても構わない。
ナマエは本心からそう言う人間である。
そのナマエに嫌われようものなら、関係は一瞬で白紙に戻されるだろう。
好きなものさえ積極的に手元に残そうとしないナマエが、嫌いなものを側に置いておくはずがない。
このまま捨てられてもおかしくはないのだと知っているから、秋山は立ち往生しているのだ。


器の中身を何とか胃に収め、秋山は若干の吐き気に眉を顰めながらトレーを返却口に戻した。
秋山が食事を終えるまで待っていてくれた弁財と共に、ドアへと向かう。
廊下に出たところで、不意に緊急出動のサイレンが鳴り響いた。
ほらな、と言わんばかりの苦笑で、弁財が秋山に視線を向ける。

「行こう」

特務隊は至急情報処理室に、という召集のアナウンスに従い、秋山と弁財は本棟に向かって駆け出した。







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