願わくば貴女の心を[1]
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「後ろだ秋山っ!!」

弁財の、珍しく形振り構わない絶叫が鼓膜を叩いた。
咄嗟に振り返った先に迫る白刃。

なぜ、と問われても詳細を答えることは難しい。
端的に言うならば、それは紛れもなく秋山の油断だった。



警察庁からセプター4に入電が入ったのは、正午を少し過ぎた頃だった。
能力者二名と非能力者八名による、銀行強盗だという。
犯人は真昼間に堂々と銀行に押し入り、今時ドラマでしか聞かないような定型文を叫んで金銭を要求。
そのまま人質を取って立て篭りを謀ろうとしたそうだ。
しかし幸運にも、そして犯人側にとっては不運なことに、その場には非番の男性警官が偶然居合わせていた。
その警察官が機転を利かせ、犯人の隙を突いて人質全員を外に逃がしたのだという。
犯人は人質と引き換えに逃走経路の用意を交渉するつもりだったらしく、肝心の人質がいなくなってしまったところで事件は単なる籠城戦に成り下がった。
受理台から確認した事件の概要を聞き、「何それ犯人馬鹿なの?」と失笑したのは道明寺だった。
その時情報室に詰めていたのは道明寺と、伏見、秋山、弁財、加茂、榎本、五島、そしてナマエの計八人。
口にはせずとも、皆大体同じ気持ちだった。
さらに、件の警察官の話によると、ストレイン二名の能力はどちらも、手首の先から刀のような刃物を"生やす"ことが出来るものだというのだ。
たまに現れる、身体の一部を変形させたりその物質を変えたりすることが出来る異能の一種だろう。
警察官の証言を聞いた伏見は「身の程知らずの馬鹿が」と吐き捨てた。
無理もない。
セプター4の隊員は、日夜サーベルやら竹刀やらを振り回し、隊員同士で稽古に励んでいるのだ。
刀剣を得物とした相手ほど、戦い慣れたものはなかった。

蓋然性偏差値の測定結果、犯人のストレイン二名はどちらもコモンクラスと判明。
ベータ・ケースでないならば、宗像への出動依頼も必要ない。
淡島は別件で国土交通省に出向いており、布施と日高は非番で寮には不在。
わざわざ呼び戻すほど人員が不足しているわけではない上に、時間の経過によって犯人が自棄を起こさないとも限らないという伏見の判断で、八名と剣機第一小隊が出動となった。
現場は三階建てで、一階にATM、二階と三階に窓口のある、至って普通の銀行である。
出入り口は、避難口を含めて計三ヶ所。
見取り図を確認する限り、制圧する上で厄介な構造ではなかった。

総指揮は、宗像、淡島両名不在時の不文律で伏見が執ることとなった。
伏見は建物の周囲に配置した第一小隊に封鎖線を張らせ、特務隊には三チームに分かれての突入を指示した。
人質がいないのであれば、強行突破に躊躇いはいらない。
伏見は、通常であれば指揮情報車に残し自身のサポートを任せるナマエにも、今回は突入部隊に加わるよう命じた。
緻密な作戦を必要としない、単純な正面衝突である。
頭数は多い方が良かった。


伏見のカウントダウンを合図に、七人は一斉に突入した。
ストレイン二名と、非能力者が八名。
ストレインの方は前情報通り手首から伸びた刀を武器にしており、非能力者の方の得物は拳銃だった。
三ヶ所から畳み掛け、建物内は一気に混戦の場と化す。
しかし、犯人側の方は味方に当たることを恐れて上手く発砲出来ず、体系立った動きもなかった。
恐らくは、ほぼ素人の集まりなのだろう。
ストレイン二名以外は、迎え撃つどころか逃げ出す者さえいるほどだった。
対して、セプター4の十八番は集団戦闘である。
三チーム、それぞれ秋山、弁財、ナマエを中心に無駄のない動きで敵を制圧していった。

先に、戦闘に不慣れであるが故に動きの読めない非能力者八名を昏倒させるなり拘束するなりして無力化し、その後ストレイン二名を確保する。
というのが、戦闘開始直後にナマエから下された指示だった。
全員がその指示に沿って動き、次々に非能力者から武器を奪って拘束していく。
各階で順調に敵の無力化が進み、最終的に全員がストレイン二名のいる一階に集まった。
流石にストレインは多少戦い慣れているのか、それぞれに対峙する加茂と榎本、道明寺と五島が僅かに苦戦を強いられる。
秋山はたった今気絶させた犯人を拘束してから加勢しようと、手錠を片手に膝をついた。

気を抜いたつもりはない。
周囲の状況も大方把握していた。
だが、後から思えば油断していたのだろう。

「後ろだ秋山っ!!」

右から聞こえてきた弁財の怒鳴り声を認識し、反射的に振り返る。
しゃがんだ秋山の視界に映ったのは、斜め上から振り下ろされる抜き身の刃だった。
咄嗟に、左手に持ったサーベルを右手に持ち替え、腕を振り上げんと力を込める。

ーーー駄目だ、間に合わない……っ!

それは、一瞬の出来事だった。
ストレインが振り下ろした刀と秋山が構えようとしたサーベルの間に、もう一本、青い気配を纏った白刃が割り込む。
空間を裂くように青い結晶が走り抜けた。
高い金属音が響く。
ストレインの刀を受け止めたのは、ナマエのサーベルだった。
刀身よりも一拍遅れて、秋山の視界に青い裾が閃く。
目の前に背を向けて立ちはだかったナマエの姿に、秋山は目を見開いた。

「ーー弁財っ!」

ストレインの攻撃をサーベル一本で受け止めたナマエが、呻吟にも似た声で叫ぶ。
すでに駆け出していた弁財が、その勢いのままにサーベルを振るった。
青い衝撃波が、ストレインの身体を吹き飛ばす。
男は壁に激突し、そのまま崩折れた。
昏倒した仲間に気を取られたのか、もう一人のストレインに出来た隙を見逃さず、加茂のサーベルが猛攻を仕掛ける。
すぐに雌雄は決した。

全ての戦闘が終わった途端、その場は静まり返る。
弁財を含む、秋山の危機に気付いていた面々がほっと安堵の息を吐いた。
加茂と道明寺が、それぞれストレインを拘束する。
秋山は呆然と、目の前に立つナマエが構えたサーベルを下ろす様を見ていた。

庇われた、護られた。
ナマエの細腕に、あの一撃はどれほど重かったことだろう。
飛び込んだ直後の不利な体勢のまま、押し負けることも弾き飛ばされることもなく受け止めてくれた。

「……ミョウジ、さん……」
「弁財」

秋山がほぼ無意識のうちに呼んだ名前は、ナマエの声に掻き消された。
秋山を振り返ることもなく、ナマエがサーベルを鞘に収めながら弁財の方へと歩み寄る。

「助かった、ありがと」
「いえ、こちらこそ助かりました。俺では間に合わなかった。ありがとうございます」

言葉を交わすナマエと弁財を、秋山は膝をついたまま見ていることしか出来なかった。




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