今はまだ教えてあげない[3]
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「アンタと秋山サンって、そういう関係ですか」

ぼそりと、大した興味もなさそうな声音で問われ、レンズの奥から注がれる気怠げな視線を受け止めた。


その日、先月捕縛したストレインについて確認事項があると言われ、取調べを担当したナマエは淡島と共に裁判所に出向いた。
用件自体は比較的スムーズに片が付いたのだが、その後中央省庁で手続きやら挨拶やらその他諸々の面倒な仕事をこなしていると思いの外時間を食い、屯所に戻ったのは夜の九時を回った頃だった。
淡島が先に帰り、ナマエもそのまま寮に戻って何ら問題はなかったのだが、ふと脳裏を過ぎった数点の未決裁書類に意識が向き、どうせなら片付けてしまおうと情報室に向かった。
小さな事件一つすらなかった、平和な一日だ。
恐らく誰も残っていないだろうと情報室の扉を開けると、人感センサーに連動した照明がある一部分だけを照らしていた。

「あれ、伏見さん?お疲れ様です」

丸まった背中に声を掛けると、黒縁眼鏡の上司が緩慢な所作で振り返る。

「ああ、アンタか」

安堵、ではないが、少なくとも嫌悪の色ではなかった。
恐らく入って来たのが宗像や淡島であれば、伏見は盛大に顔を顰めたのだろう。
害はない、と判断されたらしく、ナマエは小さく笑った。

「どうしたんです?今日は非番でしたよね」
「ああ、そうだったんだけど、ちょっと気になることがあって弄り始めたら止まんなくなった」

伏見がモニターに視線を戻す。
背後から覗き込めば、メンテナンスの最中のようだった。

「プログラム弄るの好きですよねえ、伏見さん」
「アンタに言われたくない」

ナマエは書類の入ったフォルダをデスクに置き、パソコンを起動させる。
その間にコーヒーでも淹れようと思った。

「伏見さん。コーヒー淹れて来ますけど、伏見さんも飲みます?」
「ん、飲む」

返事を聞き届けてから、給湯室に向かう。
二人分のコーヒーを淹れようとし、つい癖で一方をカフェオレ、もう一方をブラックにしてしまい苦笑した。
真っ黒の液体を少し捨て、そこにたっぷりのミルクと砂糖を混ぜる。
伏見は、ああ見えて意外と甘党だ。
色の違うカフェオレを二つ持ち、ナマエは情報室に戻った。

互いにマグカップをちびちびと傾けながら、伏見はプログラミングの続きを、ナマエは書類の確認に専念する。
そう手間のかかる確認作業ではなく、決裁はすぐに済んだ。
処理済みの書類を纏めてバインダーに挟み、ぐっと両手を上げて伸びをする。
これでもう心置きなく帰ることが出来ると思うと、急に疲労感が増した。

「……ミョウジ、サン」

ふと、呼ばれた名前に首を傾げる。
振り返れば、バッチ処理の最中なのか、手持ち無沙汰な様子の伏見がマグカップを両手に包んでナマエの方を見ていた。

「はい?」

立場は、伏見の方が上。
年齢は、伏見の方が下。
年下の上司の下で働くという、世間一般で言えばやり辛いとされる状況について、ナマエは一度も不満を感じたことはなかった。
ナマエ自らが伏見の下に就くことを望んだのだから、当然といえば当然だ。
一方の伏見も、職務中は見事に年齢差を感じさせない辣腕で、適度にナマエを扱き使ってくれている。
しかし内心に多少の戸惑いはあるのか、伏見はプライベートになると取って付けたような辿々しい敬語と敬称を付けて呼んでくる。
その姿は十九歳という年齢相応で、ナマエは当然態度には出さずともそれを微笑ましく思っていた。

「伏見さん?」

敢えて「さん」を付けて呼んできたということは、伏見なりに職務外の線引きをしたということだろう。
何か個人的な話かと促せば、若干躊躇いがちにも見える仕草で伏見がマグカップの縁をなぞった。

「アンタと秋山サンって、そういう関係ですか」

ナマエは、一ミリ足りとも表情を変えなかった。
瞳孔すら揺らさなかった。
しかし内心では、色々と驚いていた。
まずは伏見が、自らその手の話を出してきたということに。
そして、ナマエと秋山の関係に気付いたということにも。

「あらら、伏見さんはやっぱり鋭いですねえ」

恐らく、ナマエが本気で口八丁を発揮すれば誤魔化すことは出来ただろう。
だがその必要性を感じなかった。

「マジで付き合ってんですね」
「参考までに、なんで気付いたのか教えてもらえます?」

自分から聞いておいて僅かな喫驚を見せる伏見に苦笑しつつ、ナマエは好奇心を満たそうと問う。
伏見は少し思案するように唇を舐めた後、少し悔しげな表情を見せた。

「生憎、アンタを見てても分かりませんでした。秋山サンの方は鬱陶しいほどダダ漏れだけど、アンタは違う。俺が気付いたのは、秋山サンの鬱陶しさに拍車が掛かったからですよ」

もう、笑うしかない。
実際、ナマエは堪えきれずに失笑した。

「あの人があんなシアワセそーな顔すんの、原因はアンタしかいないでしょ。だからまあ、そういうことかなと思って」
「流石伏見さん、お見事です。って言ったら嫌味になるくらい、秋山は分かりやすいですからねえ」

苦笑を滲ませたまま同意すると、伏見は呆れたように鼻を鳴らした。
レンズの奥の瞳が、うんざり、と呻吟している。

「まあ、アンタが公私混同せずに上手いことやってくれてるんで、俺としては別にどーでもいいんですけど」

直属の上司として、これは非常に寛大な措置だろう。
ありがとうございます、とナマエは微笑んだ。

「秋山サンに関しては、アンタが手綱握っといて下さいよ。基本的には使える奴なのに、アンタが絡むと馬鹿になるっていうか、盲目的っていうか」
「あーー、……はい、それは、分かってます」

何とも居た堪れない心地で、ナマエは年下の青年から投げ付けられる釘を丁重に受け止めた。

「アンタ、秋山サンがこれ以上どうしようもないことにならないように、わざと周りに隠してんですよね?」
「……ほんっと、敵いませんねえ」

振った白旗は、消極的な肯定だ。
分かりますよ、と伏見が唇を歪めた。

「アンタらの仲が特務隊公認になったら、ただでさえ浮ついてる秋山はいよいよ使い物にならない。現場で馬鹿をやられちゃ困る。そういうことでしょう?」
「仰る通りです」

大した慧眼の持ち主だ。
何もかもどうでもいい、そんな態度の裏で、伏見は驚くほどに周囲をよく見ていた。



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