溶けゆく意識の中で
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ひやり、と。
急に冷たい空気が流れ込んできた気がして、少しだけ意識が浮き上がった。

夢と現の境目。
そんな、不確かな感覚。

続いて、背後に自分よりも少し低い体温を感じた。
何か硬いものが、腰からお腹にまで回される。

「……ち、かげ……?」

曖昧な意識の中で、思わず呼んだ名前。
首筋に吐息が掛かった。

「すまない、起こしたか」

低く、甘く、呟くように。
耳元に聞き慣れた声が降ってきた。

「……ど、して……、」

今週いっぱいはロサンゼルスにいるんじゃなかったの。
そう聞きたいのに、上手く喉から音が出てこない。
でも千景はそれだけで意味を察したらしく、耳元で薄く笑った。

「スケジュールに変更があってな。夜、成田に着いた」
「………連絡くれたら……待ってた、のに」

先に寝たり、しなかったのに。
ちゃんとごはんを作って、帰りを待ってたのに。

「構わん」
「ん……、でも、」

私が先に寝た、とか。
夕食の用意がなかった、とか。
そんなことで、千景が怒らないのは知っているけれど。
無理をせず先に休んでいて欲しい、と思ってくれていることも知っているけれど。
私だって、それと同じだけの気持ちで千景を待っていたいと思っている。
仕事の重責、長時間の移動。
疲れて帰ってくる千景を、温かいごはんと共に出迎えたいのに。

「お前の寝顔は、極上の癒しだからな。俺の楽しみを奪うな」

そんな風に言われてしまったら、私はもう何も言えなくなってしまう。

背後から、千景の長い指が私の頬を撫でた。
その指はまだ少し冷たい。
きっと外は寒かったのだろう。
重く、思うように動かない手をゆっくりと持ち上げて、千景の指を絡め取った。
少し歪な形だけれど、気にせず手を繋ぐ。
こうすれば、千景の手を温めてあげられると思った。

「お前の手は、温かいな」

私の行動の意図を悟ったのか、千景が背後でくつくつと喉を鳴らす。
千景の冷たい手が、私の手をさらに引き寄せた。

指先に触れた、柔らかな何か。
それが千景の唇だと気付くまで、少しの時間が掛かった。

冷えた唇が、何度も私の指先に当たる。
軽く触れては吸い付き、また優しく押し付けられる。
擽ったいような、もどかしいような。
そんな冷たい接触がしばらく続いた。
言葉はなく、降り注ぐ優しい愛情。
再び眠ってしまいそうだ、と思った、その時。

熱く濡れた舌が、ちろりと私の指先を這った。

唇が冷たいせいで、余計に熱く感じる舌。
爪先を、指の腹を、指と指の間を。
千景の舌先が、悪戯に触れていく。

「……や……、ちかげ……」
「どうした、」

再び眠りに落ちてしまいそうな意識。
それなのに、身体の芯だけが甘く疼き始める。
背後の千景は、きっと全てを見透かしているのに。
まるで何も分からないふりで、私の耳元に囁いた。

「眠ってしまって、構わんぞ」

でもその言葉とは裏腹に、千景の舌の動きはどんどん大胆になっていく。
気が付けば私の人差し指は、千景の熱い咥内に飲み込まれていた。

「や……、ばか……」

無意識のうちに漏れた悪態。
千景が喉を鳴らした。

「……起こすつもりは、なかった」

耳元に直接吹き込まれる、掠れた低音。
ぞわりと腰が震えた。

「だが、気が変わった」

そこに含まれた、艶と劣情。
誘い込む蜜のように、とろりと甘かった。

「どうだ?お前もその気になったか?」

その問いに、私がノーと答えられるわけがないと。
千景は知っている。

頷く必要はなかった。
ただ、少し振り返る。
それだけで良かった。


ようやく重なり合った唇は、もうすっかり熱くなっていた。




溶けゆく意識の中で
- ただ、貴方を感じていたい -




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