どんなことをしてでも、君を
「今更、貴方を殺す事に僕が躊躇するとでも?」
不敵な笑み。ひたすら降り続ける雨の中、薄暗い路地裏に、君の白髪は似合わない。濃い灰色の闇が、その白髪を映えさせている、とも言えるけれど。陽の光の下、その髪を美しく輝かせて無邪気に笑っていた君はもう、いない。
「……してくれたら、嬉しいさね」
「それはお気の毒に。生憎、僕は躊躇してあげませんよ」
くすくすくす、と君が嗤う声が、狭い路地裏に反響して、消えていく。
「まったく、不公平さね」
溜息を吐く。本当に、なんて不公平で、不条理なんだろうか。
オレが此処にいる理由も。
君が其処で嗤う理由も。
「何がです?」
「オレにはお前を殺す事なんて出来ない、それをわかっててお前は態と隙を見せるから」
お前を殺すことなんて出来ない。出来る筈が無い。
その理由も、君は知ってる。知っていて、嗤うんだ。
オレを責めるんだ。
「まさか。隙なんて、見せる筈が無いでしょう?」
呆れたように、君は言う。
言った君は、待ちわびている。
死という、懺悔を。
オレに、要求している。
でも、ごめんね。
オレも生憎、その要求には応えてあげられないんだ。
その代わり、違うかたちで君に償うよ。
そして、自分の望みも果たす。
君は、どう思う?
今更何を言うのだと、またオレを責めて嗤うだろうか。
「―――本当に?アレン」
一瞬だけ見開かれる銀灰、その奥に垣間見えた、『あの日』と同じ色。けれどそれは次の瞬間にはまた冷たい、氷のような。
「上手くなったんさね、ポーカーフェイス」
「………っ」
「知ってた?『あの日』もそんな目をしてたさ。―――そう、お前が」
「違う」
「オレに、」
「やめて」
「キスだけして、いなくなった日」
「言わないで!!」
悲痛な君の声。でもごめんね、オレは君に問うよ。
最初から最後まで、目が合ったのは一度きりだった。唇が触れた瞬間、お互いの目の奥を覗き込んで、そして知った。
君の瞳、それに映るオレの隻眼。
―――ねえ、君は気付いていたんでしょう?オレに気付かせようとしていたんでしょう?
あの日あの時の君とオレが、同じ目をしていたこと。
そう、だからオレは知って、気付いて。
愕然とした。
オレは見ないふりをしていただけで、とっくに。
君はオレよりずっと早く気付いて、知って、覚悟までしていたのに。
「どうしてオレにキスしたの。あんな目をしていたの」
あの日のキスの残像。この唇に今も残って、消えない。
「………っ知らない、僕は」
「嘘。誤魔化さないで」
オレは知って、気付いた。
そして受け入れたよ。
今目の前にいる君は誤魔化して、知らないふりをしようとしてる。
そうさせたのはオレだ。
気付いてあげられなかった。
君の気持ちにも、君のタイムリミットにも。
ごめんね、今更言っても遅いけれど、だからこそオレは、君を探してた。
そして、見つけたんだ。君を。
だからもう、オレは逃げない。
君を離さない。
―――忘れた、わからない、知らない、そんなこと言わせないよ。
「離して、やめ…っ」
変わらない、細い腕を掴んだ。ざらついたコンクリートの壁に、君の背を押し付けて、君を腕のなかに囲う。
「―――わからないって言うなら教えてやるさ。今のオレの目、見て?」
見て。オレを見て。あの日のように、この隻眼を覗き込んで。
あの日の君の目と、今のオレの目。同じだよ?
―――ねえ、オレは今も、君が。
「―――っぁ、」
ねえ、わかった?
「オレが今何考えてるか、わかる?」
君の吐息が、かかる。睫毛が震えているのが、わかる。
ねえ。
君が、欲しいよ。
「ん、―――…っ」
そっと、惨めなくらいに優しく触れた、唇。あの日と同じ熱と柔らかさに少し、泣きそうになった。
「…っふ、は………」
白い指が、オレの黒服を掴む。触れたときと同じようにそっと離れた熱、それは余韻を残して。
指と同じように白い頬に手を滑らせると、ビクンと震えた、身体。
でももう君は、目を逸らさない。
何も言わずに、再び近付けた唇。
けれど、触れない。
ごめんね、オレは卑怯者なんだ。
君を追い詰めて、腕の中に囲っておいて、それでもまだ足りない。
君が欲しい。
君の全てが。
だからオレは君に、見返りを求める。
―――ねえ、オレが欲しいって、言ってよ。
「っ、」
また揺れた瞳に、
『どうするの?』
そう自分の隻眼で問えば、すっかり仮面を脱ぎ捨てた君は、自ら唇を重ねて。
その瞬間君の瞳が、
あの日と同じ色に、染まる。
目の前の情欲
(君を、愛してるんだ。)