泣いてるのは、誰の為?


「……ユウ、オレさ、ずっと…ユウのこと好きだったんさ」

その声を聴いて、僕は足を止めた。
リノリウムの床に反響して消えていく靴音。それが、途絶える。
数メートル先の曲がり角、その先から聞こえてくる声は、彼、の。
僕の耳にも届く程に、辺りは静かで。

それ以上聴くまいと、踵を返す。
再び発せられて反響し、消えていく靴音。
抑えることはしなかった。
早く、この場所から離れたかった。
彼は、きっと、僕だと気付いた。
あの人は、きっと、僕だとは気付いていない。
眉間に皺を寄せるぐらいはしただろうけれど。

そんな確信を元に、僕は歩を進めながら、自分の肩を抱く。
「…………ッ、」
押さえ込むように。責めるように。
思い切り強く、自分の肩を抱いた手に力を込める。
(―――嫌だ、)
吐き気がする。
(こんなの、)
恐怖と、憎悪。
嘘だと信じたかった。
間違いだと信じたかった。


わかっていた。
知っていた。
彼が、あの人を、想っていること。
あの人が、彼女を、想っていること。
そして彼女も、あの人を、想っていること。
聡い彼のこと、そんなこと僕よりもわかっていたんだろう。
わかっていて、それでも彼は笑っていた。
顔を赤くして、笑っていた。

叶わない、報われない。

だからあの言葉は、告白は、きっと。
諦める為の、終わらせる為の。


『――もしも自分の好きな奴が他の奴を好きで、そいつのせいで泣いてたらどうするか?』
『ええ。…ラビなら、どうしますか?』
『わかんないな――…第一、オレは誰かを好きになるワケにはいかないし。
 アレンは?どうすんの?』
どうして僕は、あんなことを聞いたのだろう。
彼の気持ちも、あの人の気持ちも、何も知らないふりをして。
純粋な興味、それだけを装って。
『僕、は……』
どうして。


(どうして、こんなにも)
上手くいかないんだろう。
なんて複雑で、単純な世界。
唐突に、あの人が警告のように口にした言葉を思い出した。

『犠牲があるから救いがある』

それと同じだ。
世界はいつだって動いていて、その中に存在する僕達は一人ずつしかいない。
誰かが傷付くから、誰かが幸せになれる。
誰かが涙を流すから、誰かが笑える。
なんて残酷な真実、それに忠実な、僕。

『―――これで、ラビを僕のものにできる』

罪を犯す意識なんて、本当の望みの前では薄れてしまうのだと
後になってやっと気付いて、もうその時には遅いのだと
僕は、もうとっくにわかっていたじゃないか。
だから、この傷を受けたんじゃないか。


わかりきった結末、いくら否定しても拒否しても変わらない。
それでも足掻いて、見ない振りをしていたのに。


「………アレン?オレだけど…」
どうして、あなたは。


名前を、呼ばないで欲しかった。
早く此処から立ち去って欲しかった。
僕があなたの名前を呼んでしまうことが無いように。
僕があなたに触れてしまうことが無いように。

そうでなければ、ならなかった。
なのに。


僕にできたのは、不変の現状を願うことだけ
けれどそれも、それすらももう、叶わない。


触れた純銀製のノブは、ひやりと冷たい。
遠くで、雨の音がした。










誰が為の唄









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