「 5 」
「ひどい…」
思わず呟いてしまった声が聞こえたらしく、アルスさんがこちらに振り向く。
目が合う。
そのまま彼は、刀を引きずりながらこちらへと歩み寄ってきた。彼の歩いた地面に、引きずられた剣先の後が直線状に引かれてゆく。
近付いてくるにつれ、私の背後の人々が「ヒッ!」と悲鳴を上げながら掃けてゆく。
ザッ、と。
足音を立て、彼が私の前に立った。
地面に膝を付き泣き崩れている私を、彼は静かに見下ろしている。
彼の唇が動く。
「…ライラさん、でしたね」
私は力無く首を縦に振った。
彼は軽く一礼する。
「しばらく彼を預かっていてくださりありがとうございました。今から、彼はお返ししていただきますね。」彼の目が笑みに細まる。「彼は元々ぼくのものですから」
生まれて間もない我が子を腕に抱きながら、私はキッとアルスさんを睨み上げた。
「どうして、こんな酷いことをするんですか!?」
「酷い? なにがですか?」
「彼は、嫌がっていたじゃないですか。彼は、貴方といるよりも、私たち一族といることを選んだ。彼はユバールの墓場に骨を埋める人間です。勝手に、しかも本人の意思も無視して、連れ去らないでください。親友なら背中を押すくらいしたらどうなんですか?!」
なかば泣き叫ぶように言い放つと、距離を置いたところから次々とユバールの民の声援がとんでくる。そうだそうだ! キーファはおれたちの仲間だ! と。
それに後押しされながら、私はさらに続ける。
「それに、アルスさん。貴方は、とても、慈愛に満ちた優しげな目で、キーファを見ていました。母性のような、温かで緩やかな愛情を感じました。なのに、なぜ? なぜ、彼の嫌がることをするんですか? あの戦闘中みたいに、見守ってやれないんですか?」
畳み掛けるように言うと、この時初めて、彼の表情に変化があった。
今まで何を言われても感情の読めない笑みを浮かべていた彼が、初めて、「フッ、」と、違う種類の笑みを浮かべた。
それは。
嘲笑。
私を見下しながら、蔑むような嗤いを、彼は浮かべていた。
心底から、馬鹿にしているような、または、愚かな私を哀れむような。
「ぼくが、彼に穏やかな愛情を抱いているって? 母性愛にも似た慈愛の目でキーファを見ていたって? ふっ、」
嘲笑し、彼は腰を下ろす。
私と同じ高さに目線を合わせる。
「ほら、よく見て? ライラさん、」
顎に手をかけられ、顔を近づけられ、彼の目を覗き込むような形になる。もう少しで鼻と鼻がくっつきそうだ。
彼の整った顔に埋められた、濃いビー玉のような、藍色の瞳。深海の色。空虚な瞳の中に、混沌とした闇が渦巻いている。
それを間近で見て、私は気づいてしまった。
――ああ、これは。
たしかに、違う。
全然違う。母性愛なんて暖かなものじゃない。
これは――
思わず呟いてしまった声が聞こえたらしく、アルスさんがこちらに振り向く。
目が合う。
そのまま彼は、刀を引きずりながらこちらへと歩み寄ってきた。彼の歩いた地面に、引きずられた剣先の後が直線状に引かれてゆく。
近付いてくるにつれ、私の背後の人々が「ヒッ!」と悲鳴を上げながら掃けてゆく。
ザッ、と。
足音を立て、彼が私の前に立った。
地面に膝を付き泣き崩れている私を、彼は静かに見下ろしている。
彼の唇が動く。
「…ライラさん、でしたね」
私は力無く首を縦に振った。
彼は軽く一礼する。
「しばらく彼を預かっていてくださりありがとうございました。今から、彼はお返ししていただきますね。」彼の目が笑みに細まる。「彼は元々ぼくのものですから」
生まれて間もない我が子を腕に抱きながら、私はキッとアルスさんを睨み上げた。
「どうして、こんな酷いことをするんですか!?」
「酷い? なにがですか?」
「彼は、嫌がっていたじゃないですか。彼は、貴方といるよりも、私たち一族といることを選んだ。彼はユバールの墓場に骨を埋める人間です。勝手に、しかも本人の意思も無視して、連れ去らないでください。親友なら背中を押すくらいしたらどうなんですか?!」
なかば泣き叫ぶように言い放つと、距離を置いたところから次々とユバールの民の声援がとんでくる。そうだそうだ! キーファはおれたちの仲間だ! と。
それに後押しされながら、私はさらに続ける。
「それに、アルスさん。貴方は、とても、慈愛に満ちた優しげな目で、キーファを見ていました。母性のような、温かで緩やかな愛情を感じました。なのに、なぜ? なぜ、彼の嫌がることをするんですか? あの戦闘中みたいに、見守ってやれないんですか?」
畳み掛けるように言うと、この時初めて、彼の表情に変化があった。
今まで何を言われても感情の読めない笑みを浮かべていた彼が、初めて、「フッ、」と、違う種類の笑みを浮かべた。
それは。
嘲笑。
私を見下しながら、蔑むような嗤いを、彼は浮かべていた。
心底から、馬鹿にしているような、または、愚かな私を哀れむような。
「ぼくが、彼に穏やかな愛情を抱いているって? 母性愛にも似た慈愛の目でキーファを見ていたって? ふっ、」
嘲笑し、彼は腰を下ろす。
私と同じ高さに目線を合わせる。
「ほら、よく見て? ライラさん、」
顎に手をかけられ、顔を近づけられ、彼の目を覗き込むような形になる。もう少しで鼻と鼻がくっつきそうだ。
彼の整った顔に埋められた、濃いビー玉のような、藍色の瞳。深海の色。空虚な瞳の中に、混沌とした闇が渦巻いている。
それを間近で見て、私は気づいてしまった。
――ああ、これは。
たしかに、違う。
全然違う。母性愛なんて暖かなものじゃない。
これは――