「 3 」

 思わず、え?と声が漏れる。
 心臓が止まった。
 頭が一瞬で凍る。真っ青になったまま、ぎこちない動作で声のした方に振り向くと、そこには、予想通りの人がいた。
「悪いな。オレが許可したんだ」
 そう言って狐空さまは、金色の髪を揺らしながら、こちらに歩み寄ってきた。

「あ、いえ、すみません、そうとは知らず…」とモゴモゴ零しながら、後ずさりし、彼の立てるスペースを確保した。
 そこに、金色の総隊長は立ち、茶髪の少年と向き合った。
「裕也、持ってきたか?」
「ああ、はい。」と言いながら、裕也と呼ばれた少年は何か布にくるまれた箱のようなものを総隊長に渡した。何だろう?
 少年は言葉を続ける。相変わらず笑顔だ。「なんか、おれ、来ちゃまずかったみたいですね。あんたに迷惑がかかるとは思いませんでした。悪いね」
 悪いね、と一応謝ってはいるが、笑顔で言われても本気で謝っているのか分からない。…もしかしたら彼は笑顔以外の表情ができないんじゃないか、そう思わせるくらいだ。

 と、ここで、狐空様が、さっき受け取った包みを開け出した。
「おれが許可したんだからいいっつってんだろ。で、今日のおかずは何?

 …。
 ……。
 …きょうのおかず、だって?
 

 ぼくの向かいに座っていたくのいちの手から本が滑り落ちた。

 おそらく、この部屋の全員が聞き耳を立てている状態で、この『今日のおかずは何?』という妻や母親に言う台詞を聞いて驚かなかった者はいないだろう。ぼくも意外過ぎてびっくりした。だって、伝説の、最強の忍者が、『今日のおかずは何?』だと?!

 そして、室内の空気が凍っているうちに、
 狐空様の手の中の包み布が解かれ、

 中からお弁当箱とタッパーが現れた。
 ふたを開けると、そこには『お弁当』という領域を簡単に越えてしまうような、レストランにそのまま出てきてもいいような『お料理』が出てきた。


 少年は笑みを深める。
「今日も肉を多めに入れておきました。スタミナ付けて欲しいですからね。牛肉の赤ワイン煮ですよ。タッパーには貴方の好きなおしるこも入れておきました。あと、栄養のバランスも考えてつけあわせに野菜も…」
「えっ、野菜かよ。お前この前もハンバーグの中にピーマン忍ばせておいただろ。お前の作るのは全部美味しいからいいけど、でも『ピーマン食ってる』と思うと、どうも喜びが半減するんだよな。おれがピーマン嫌いなの知ってるんなら抜いとけよ、気が効かねぇーなー!」
「あんたを思ってのことですよ。ちゃんと野菜食べないとだめですし、それにピーマン嫌いなんてガキ臭いこといつまでも言ってんじゃねぇよ」ニコッ

 おいいいいいいい!?

 おいガキ! 笑顔で何言ってんだ! 相手は冷酷惨忍な、あの暗部総隊長殿だぞ!
 
 途中まで『なんだこの夫婦みたいな会話は…』と呆然と聞いていたが、狐空様への暴言が聞こえてきて耳を疑った。うわあああああ今この場所が血で染まる…!!!

 他の奴らもとっさに目をつぶった。
 しかし。

「ったく、仕方ねぇなぁ」
 と、また弁当箱を布に戻していく隊長。
 それを見て、ニコッと笑む少年。
「ええ。任務、がんばってくださいね、狐空サン」

「ああ。」
 そう一言残し、隊長は瞬身の術で消えてしまった。やはり隊長は印を組むのも速く、いつ術を発動させたのか全く気付かなかった。印を組んだのが見えなかった。呆気にとられた我々の視線の真ん中で、彼は一瞬で消えてしまった。…さすが。

 ――結局、何なんだ…コイツ?
 総隊長が消えた空間から、少年へ視線を戻す。茶色の髪の、整った顔立ちの美少年。その非凡な声でもって、狐空さまとほぼ対等に会話をしていた。
 どういう関係だ…?
 最強の忍者のお弁当を習慣的に作っている間柄…?! なんだそら。

「さて、帰りますか。」と、きびすを返し「では、失礼しましたー」と去ろうとした少年を、ぼくらが黙って返すわけがなかった。
「待てよ」の声と共に5人に腕を掴まれた彼は、しばらく質問攻めにあうこととなったのだった。(全部てきとうにはぐらかされたが。)


end

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