「 7 」

 彼は裕也へ軽快に近づき、結界を解いた。
 今しがた大量の人間を惨殺してきたようには思えない軽さ。しかしそれは不自然な軽さだった。無理矢理とってつけたような。
 裕也は微笑んでいた。平素の軽薄な笑み。
 ――狐空はいま弱っている。それを俺に悟らせないように、気丈に振る舞っている。でも本当は、俺まで失うのを恐れている。そうだろう、うずまき?
 裕也の形のよい唇から、艶美な声を紡ぎ出す。


「すごかったですね。俺、ますますあんたに惚れました」

「……はい?」


 忍界最強の暗部は素っ頓狂な声を上げた。
 かまわず裕也は続ける。


「あんたは綺麗だ。魂が吸い取られるかと思ったくらいに綺麗だった」

「正気か? 俺は人を沢山殺したんだぞ。ここに来る前にも東で20人殺してきたから、この小一時間で43人虐殺したことになる」

「まぁそれが趣味だったりしたら、さすがに引きますけど、でも任務なんでしょう? あんたは、高潔だ。孤高な高嶺の花だ。あんた、いま泣いてんだろ? 俺には分かるんだよ、あんたが笑顔の下で泣いてるって」


 言いつつ、彼は狐空の仮面を外した。
 泣いていなかった。ただ胡乱げに蒼色の瞳を細めているだけだ。
 しかし裕也には泣いてるようにしか見えなかった。孤独や罪悪感に縛られながら、悲鳴を上げる心を無視して、助けを諦めている。そう思えてならなかった。
 裕也は柔らかく微笑む。色をひさぐような、溢れる色香。満ちる甘さ。


「俺があんたをぜんぶ受け止めてやるから。俺はこう見えて、けっこう度量の大きな男なんだぜ。とくにあんたは俺のタイプだから、とろけちまうくらいに甘やかしてやるよ」


 そう言って、狐空青年の肩を掴み、力いっぱい引き寄せた。唐突のことに油断していた青年は、目下の裕也の胸に呆気なく倒れる。
 それをしっかり支えた裕也は、すぐ傍にある青年の耳に唇をあてる。
 青年は、ちょうど耳元で囁かれる。脳髄が震えあがるような、蠱惑的な声。裕也の声は非凡だ。
 甘いく、程よく低く、色気に溢れた艶やかな声。


「近いうちに、あんたのその虚勢を、ぐちゃぐちゃにしてあげるから。覚悟するといい」


 あんたのすべてをあばいて、それから優しく包んでやる。
 腰が砕けるような低い声を吐息と共に吹き込まれた狐空は、その倒錯した色香に精神を持って行かれる寸前で 思い止まった。



end

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