「 3 」

 裕也は瞠目した。
 続いて、強烈な吐き気に襲われる。目の前に男達の首が転がり、肉塊となった巨体が3つ視界の中に入る。噴き出る鮮血、鼻腔を突き刺す、強烈な鉄の臭い。地面に流れる血液が裕也の鼻先にまで届き、身をよじった。
 ただでさえ足首の激痛と血液の欠乏から意識が飛びそうなのに、さらに胃液が逆流してくる。1時間前に己が作った料理が口まではい上がってきて、それを無理矢理飲み込んで押し戻した。
 そして俯せになる。胸を隠すためだ。


「狐空、ですよね?」


 近くの大木を見上げながら言う。
 それは疑問というよりも確認だった。直感。いま3人の人間を一瞬で絶命させたのは、狐空と名乗る青年だと。
 間もなく「正解」と弾んだ声がして、裕也の髪が数本切れた。パサリ、とそれが地面に落ち、同時に腕の拘束が切れた。荒縄がドサリと重い音を立て切り落とされ、反対に手首は軽くなる。


「お前、何やってんの? リンチ? 死ねばよかったのに」


 そんな物騒な言葉と共に降りてきたのは、予想通りの青年。
 背中までの金糸は、まるでそれ自体が発光しているように、この暗闇の中で目を引く。その髪は緩く縛ってあり、狐空の着地と同時に背中に落ちる。尻尾のようだ。
 均整のとれたしなやかな体躯、漆黒の暗部服、金髪、腕を組み裕也を見下す不遜な態度。すべて初めて逢った時と同じだが、違う点が一つ。その美貌を隠す、狐の面。紅の引かれた目の穴からは、陰った蒼色の瞳が覗いている。
 裕也は自由になった手を使い、もぞもぞと上体を起こした。素早く胸元を隠す。ボタンがとんでいるため、片手で襟元をおさえ、少々前屈みになり膨らみを目立たなくした。そして狐空を見上げて、へらりと笑う。


「だから、あんたみたいな美人に手を出せないまま、死ねないって。言いませんでしたっけ」

「ヘラヘラ笑うお前の言葉は全部信用ならないからな。それに、お前みたいな一般人は殺しちゃいけねぇ決まりがあるんだ。だから俺の知らないところで勝手にくたばってくれれば良かったんだけどな」

「でも、そこの3人の男の人たち、殺しちゃいましたよね? いいんですか?」

「いいんだ。ここは里の外、西の森。治外法権だ」


 だったら俺のことも殺せるじゃないですか。
 その言葉が喉元まで出かかり、しかし言わずに嚥下した。揚げ足を取るような、子供じみた真似はしない。

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