「 第5話 夜の顔 1 」


 それは唐突だった。
 名門の全寮制男子校に通っていた(元)青年内海裕也は、己の優秀な頭を以てしても理解不能な事態に、また巻き込まれていた。

 30分前。裕也は、何もない棚に(貢がせた)食器を入れている間に、ドアが叩かれるのを聞いた。乱暴に何度もドンドンと叩かれるものだから、裕也も苛々しながら乱雑に「何の用ですか」とドアを開けた。瞬間、襟首を掴まれた。目の前には大男が3人。
 「こいつだ! こいつが、狐とつるんでいやがったガキだ!」
 そのうちの1人が大声で言った。
 ――この顔は、たしか、魚屋の店主だな。それに、残りの2人も、商店街で見かけた顔だ。
 冷静な頭で記憶を掘り起こしながらも、顔には笑顔を貼り付ける。
 「こんな夜に、何の用ですか? それに、あいにく、俺はさすがに狐とはつるまないんですけど。勘違いじゃ、」
 そこまでしか言えなかった。
 「うるさい!」という怒声と共に、後頭部を何かで殴られたからだ。
 ――油断した……。
 意識が遠くなる頭で悔やむ。重くなる瞼。暗くなる視界。脱力する四肢。最後に「西の森でやるか」という声を聞いた気がした。
 そうして、目を醒ましたら、そこは見知らぬ森の中だった。周りは木ばかり。葉と葉の隙間から見える空は暗い。
 しかも己を取り囲むようにして立っている、先ほどの大男3人。


「やっと起きやがった」


 下卑た声を出したその男たちは、皆そろってイヤラシイにたにた笑いを浮かべていた。




第5話 夜の顔





 裕也は焦げ茶色の目を困惑げに細めた。
 彼の顔は整っている。『美しい』というよりも、誰からも愛されるような、甘い顔立ち。ぱっちり二重の双眸はタレ目で、それがますます甘さを引き出している。肩までの髪はくせ毛で、様々な方向に跳ねている。
 ――取り敢えず、この手足をどうにかしねぇと。
 そう眉根を寄せた彼の手足は、縛られていた。荒縄でしっかりと、手首や足首をグルグルに固められている。指しか動かない。
 裕也の華奢な身体は、草はらの上に投げ出されていた。手足を縛られているため、海老のような体勢になっている。その彼を、3人の男たちが取り囲んでいる。


「あの、この縄、どうにかしてくれませんか? 動けないんですけど」


 上目で窺いながらヘラリと笑うと、男たちの下卑た笑いは深まった。
 魚屋が声を出す。


「あの狐はな、どんなにボコボコにしても、1日あれば綺麗に治っちまう化け物なんだよ。だから今度は精神的なダメージを与えようと、唯一の友人らしいお前を、ボコボコにするつもりだった。だったんだけどな、」


 言葉を区切り、裕也の前に屈んだ。そして彼の明るい茶色の前髪をわしづかみにする。
 前髪を掴まれた裕也は、無理矢理顔を上げさせられた。首がのけ反る。呼吸が苦しくなる。痛みに目を細めた彼の秀麗な顔は、男たちの視線を存分に集めた。むさぼるような目。


「お前の顔が綺麗だから、身体にも手を出そうと思ってな」


 正気かよ。


「残念、ですが、俺は、男です」

「じゃあなんで胸があるんだ?」


 そう言って、魚屋は服の上から裕也の乳房を強く掴んだ。
 初めての痛みに、裕也は顔をしかめる。物凄く痛い。まだ無理に顔を上げさせられているせいで、呼吸もろくにできない。痛いし苦しい。息が荒くなる。喘ぐ。さらに嫌な風に触られ、目から生理的な涙が出てきた。
 「……はぁ、」
 形のよい桃色の唇から漏れる、艶っぽい声。それはもちろん快楽から出た声ではなかったが、もともとが色香のある声であったので、あえぎと重なりそのような声に類似した。
 涙目の美人、あでやかな声、あえぎ。
 男たちは色めきだった。興奮したのか、頬が赤くなっている。「上玉だな……。」誰かがそう呟いた。
 そんな彼らを冷ややかに見る裕也。苦しい呼吸の合間に話す。


「り、かいできねぇよ。あんたら、妻が、いるんじゃ、ないのか。それ、に、憎い『狐』の『友人』に欲情するなんて、どうなの、プライドとか、さ、」

「黙れよ。タオルでもその口に詰められたいのか?」

「待て。こいつの声は色気があってイイ声だから、それはやめよう。それより、お前ばっか触ってんなよ。俺にもやらせろ」


 軽くモメる男たちは、裕也から手を離した。誰が先にいれるかなど、下品で横暴な話し合いをしている。
 ずっとのどをのけ反らせていた裕也は、荒く息をした。酸素を取り込む。徐々に落ち着いてくる呼吸。
 最悪の事態だ。まさか自分が掘られるとは。しかもこんな男たちに。まだクラスメイト(男)を強姦したほうがマシだ。
 などと現実逃避を始める裕也。手足は動かない。
 ――まずは、縄をどうにかするか。
 冷静になる頭。
 脚さえどうにかなればいい。サッカーで鍛えたこの脚があれば、こんな奴ら一網打尽なのに。
 自分で縄を抜けるのはできない。縄抜けのスキルはあるけど、こんなにキツく縛られたらそんなもの役に立たない。
 彼らに解いてもらうしかない。
 ――さすがにオヤジを口説いたことはないけど、まぁやってみっか。
 そう思い、顔に甘い笑みを貼り付け、「ねぇ」と声をかける。男たちが振り向く。


「いいですよ。俺も欲求不満でしたし。さすがに貴方たちみたいなガッシリしたオトナを3人も相手にするのはキツイけど、俺がんばります。でも、さすがに脚が開けないんじゃ、やれるものも やれないんじゃないですか? 上だけじゃ、俺も満足できませんよ」


 仕上げに、蜂蜜のような微笑み。
 男女問わず様々な人間を篭絡した微笑み。

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