別れ際に言った約束
振り向かないでと願いながら
振り向いて欲しいと思ってしまった
遠くなる彼女の背中は草原の彼方へ消える
約束を守るために歩み出す
再会を信じて
主従と水神と魔法使い
振り返ってみれば、たぶん一番苦さを知らずに、幸せな頃だったんだじゃないかな、と魔眼を持った少年___伊庭いつきはその頃を回想する。
まずはいつきの話をするとしよう。
伊庭いつきには失踪した父・司がいた。
失踪して七年経ち、通例通りに司の戸籍は鬼籍に移される事になったのだが、ここで一つの問題が出て来た。
司がとある派遣会社を経営しており、その遺産を相続なりなんなりしなくてはならなくなったのだ。
仕方なしいつきはその会社の扉を開く事になる。
その会社の名前は『アストラル』、魔法使い派遣会社であった。
かくしていつきは神秘の扉を開き、巻き込まれてアストラルの二代目として会社を継ぐ事になった。
問題に巻き込まれたり、突っ込んだりしながらも、いつきは魔法使いとの交流を深めて社長としての自覚を付けていく事となる。
いつきを丸め込んだ、陰陽師の猫屋敷蓮。
いつきを慕い、神道を使う少女・葛城みかん。
いつきを教え導く、ケルト魔術と魔女術の使い手・穂波・高瀬・アンブラー。
いつきを変わらず支える、幽霊少女・黒羽 まなみ。
いつきをサポートする、ルーン魔術の使い手・オルトヴィーン・グラウツ
いつきに手を差し出す、ソロモン王の魔術結社ゲーティアの首領・アディリシア・レン・メイザース。
そんな社員や仲間に囲まれていた頃の話だ。
二十一世紀を生きる魔法使い達は様々な現代社会と折り合いを付けながらも、密やかに面々とその技術を守り続けている。
そんな魔法使いや魔術結社の最大互助団体___協会が疎遠になりがちの魔法使いの間を取り持つ役割をになっている。
協会は登録している魔術結社の格付けや”仕事”の公募・依頼の仲立ちをし、呪波汚染や禁忌の監視や禁忌を犯した者を制裁・消去を行う機関である。
また現代社会には大企業として世界中の財界に権力を有し、有事の際に情報規制や隠蔽耕作を行う。
協会へ登録のメリットは多く、歴史の浅いアストラルも協会に登録している。
協会に登録している結社はある一定数の”仕事”をこなさなければならない。
その”仕事”の多くが呪波汚染の洗浄だ。
呪波汚染とは、何だろうか
その前に霊脈について言及する必要があるだろう。
霊脈あるいは竜脈とは、大地に流れる気や霊的な流れの事を指す。
霊脈を流れる呪力が暴走し、何らかの現象を起こすようになったものを呪波汚染という。
呪波汚染の洗浄とは呪力の暴走を鎮める仕事と言えるだろう。
閑話休題。
いつきは協会から一つの依頼を入札した。
葦原山___以前依頼で『星祭り』を行った所だ___で最近また呪力が急速に濁り、大規模な呪波汚染へと発展しそうなのだという。
この山も霊脈が走っているが、管理者が実質いなくなっており、フリーのアストラルに舞い込んだわけである。
「呪波汚染の洗浄ですか……」
「このままだと『夜(マギナイト)』にまで発展しそうやな」
協会から渡された資料に目を通しながら、猫屋敷が今回の仕事内容を言った。
現状把握を済ませた穂波が起こるであろう現象を上げる。
『夜』とは呪波汚染が強力に活性化し、現実社会にまで影響を与えるようになったものを指す。
「でも、前みたいなんじゃないんでしょう?」
「あれは特例だよ」
『あぁ、私と出逢う前の事ですよね?』
真剣そうな二人に対し、呑気に笑ってみかんが聞く。
みかんの問いにいつきが苦笑混じりに頷いた。
あれ___穂波とアディリシアと出会い巻き込まれた特殊な呪波汚染___はそうそう出逢うものではない。
黒羽は興味深そうに二人に確認する。
肯定する二人に聞きたそうにする黒羽の言葉を遮るように、オルトヴィーンが喋った。
「そのことよりも、急速に呪波汚染に発達したのかが気になるな」
「原因調査も仕事のうちや」
「私も雑誌の占いの原稿がまだですね」
「も〜、青龍たちと遊び過ぎなんだよ!」
「……〆切は明日だったと思ったが?」
『一先ず、お茶を飲んでからにします?』
シリアスな空気もあっという間に和やかなものに変わる。
青龍___猫屋敷の式にして四匹の猫はにゃ〜んと鳴いた。
猫屋敷は如何に猫がすばらしいかを語り出し、みかんは呆れたように聞き流す。
真面目なオルトヴィーンが何とか仕事を促し、黒羽がお茶を用意するかと聞く。
この温かな空間にいつきは笑みを零した。
細々としたもの___呪波汚染の洗浄日は大規模な事も有り、メンバーが全員揃える日曜日と相成った。
本当は土曜日にという話もあったが、猫屋敷の原稿が終わらず、ずれ込んだ。
星祭りで祓われたはずなのに、こんなに早く回帰するのだろうか。
いつきはそんな疑問を胸に秘めつつ、右目に意識をやる。
いつきの右目は無骨な__まるで物語の海賊がしてそうな眼帯に覆われている。
眼帯はいつきの所有する魔眼___妖精眼(グラムサイト)を封じるものだ。
妖精眼は、全てを見通す。
悲哀を、歓喜を、憤怒を、真実を___。
ありとあらゆるものを映すその瞳は見えすぎた。
瞳の持ち主の脳に多大なる負担を与え、命を削りうる。
故に力を弱めるように創られた。
「なんか分かったん?社長」
「う〜〜ん」
魔力の流れを見遣りながら、いつきは唸った。
何かがおかしい。
でもその”何か”が分からない。
ふと、手を伸ばした。
不自然に黒く塗りつぶされた空間にその指がぶつかった。
___のもつかの間、いつきは見知らぬ草原に立っていた。
「え?え?えええ?」
混乱が収まるまで、あと五分。
つづく
掲 載120627
再掲載121216
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