【国】、という存在は、人の形をした、人ならざる者だ。

人に混じり、人と共に生き、人より永い時を生きる。

特異な異能を有しはしない、異形。

故に、その死は骸一つ遺さず光の粒となり、虚空に消えるのだ。

その魂はどこにゆくのかは、誰も知らない。



壺 中 天 
01亡国は従者を得る



かつて、そうかつて。
彼___神聖ローマが確かに国の形態を維持していた頃だ。
神聖ローマの上司___王達はただ一人の主を信仰し、その為に争っていた。
他の宗教を廃絶せんとする意志で剣を取った。
それぞれの信じるものの為に。
その先の死を彼らは恐れなかった。
いや、こういう言い方は語弊がある。
死の先___天国というのを信じ、目先に迫る死から目を逸らしたのだ。
貧しいものも、富めるものも、聖戦を唄った先の救われる未来という天国を信じたのだ。
…………信じたいのだ。
知らないもの。
分からないもの。
それは人の恐怖の型となす。
人よりも遥かに永い時を生きる神聖ローマにとっても同様だった。
【国】であっても、死ぬ事を知っていたから。
あの子の祖父も、自分の父も、その時には既に居なかった。
肉体を一片も残らず、光となって消えるのを見送ったのは神聖ローマだった。
では、その先は?
漠然とだが、神聖ローマはこう思っていた。


天国なんて、ない_____と。


口に出して誰かに伝えた事は無かったが、確かに神聖ローマの中では確信に似たものがあった。
そして、その考えのまま、彼は死を迎えた。

















_____はずだった。
ぼやけた視界はピントが狂いふやけたまま。
単純な明暗のみ。
そこは明るかった。

(おれはしんだ)

来る崩壊の調停は差し迫り、神聖ローマの体は揺らぎ、薄れていた。
肉体は緩慢にしか動かず、一目を忍ぶように逃げ出した。
それから____。

「おはようございます、マスター」
「____?」

神聖ローマの思考を遮るように、何者かが話し掛けた。
柔らかな声色は、聞き慣れたドイツ語。
神聖ローマが声をあげようとしても、喉が乾燥しきっていて音になることはなかった。
女性にはない低い音から性別は男だろうと推察できる。
寝ていた上体をゆっくりと起こし、その背にふかふかのクッションが滑り込んだ。
安定すると男は神聖ローマから手を離し、水が注がれたコップを口元にやる。
何日も水を求めて彷徨った旅人の様に夢中に水を飲み干した。

「おはようございます、マスター。
 私はフレイと申します。
 末永くよろしくお願い致します」

にっこりと微笑む青年____フレイがそう神聖ローマに告げた。
もう、何から突っ込めばいいのか分からぬまま、ただその整った顔を見上げた。



これが亡国・神聖ローマとその従者にして異端中の異端・フレイとの新たな始まりだった。




掲 載 120305



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