世界には複数の異能と異端が混雑している
例えば、魔法
例えば、超能力
様々な神秘と科学は融合し、或いは反発し、この世界に在る
壺 中 天
00死に逝く国は世界と出会う
(あぁ、死ぬのだ)
自らの四体を薄暗い糸杉の森の樹木に背を預けて、そう思った。
齢十代半ばといった風貌の少年は、国だ。
国が人の形をとった何かが、彼だ。
彼___神聖ローマは、今まさに死にゆく国だった。
神聖ローマ帝国___ローマの様に在れと望まれた国は形骸化して久しい国だった。
何とはなしに国が寄り添い、国の様に振舞っていた国だと言ってもいいかもしれない。
彼はその地に生まれた、その国そのものだった。
神聖ローマはその有様を表すように成長を止めて久しく、存在し始めた頃より大切に想っていた地中海の女王との約束だけを胸にこの日まで生きてきた。
(それも、もう無理だ………)
誰よりも自分の体の事を分かっていた神聖ローマは、動くのも儘ならぬこの身がもうすぐ終焉を迎えるのを容易に思い描けた。
表舞台から身を隠すように隠棲した神聖ローマの元に訪ねて来るのはプロイセンぐらいだ。
プロイセンに看取らせるのか。
(いや、それはだめだ)
いつも強がってばかりのあの弟は、孤独を平気だと嘯くが、そんなはずがない。
寂しがり屋で優しい弟に自らの死に様を見せれるものか。
最期の意地を振り絞り、何とか体を起こし、寝室を抜け出す。
久しく出ていない外の世界は変わらずあり続けている。
煌々と輝く満月の光は星々の瞬きを全て消した。
その月でさえ、いずれ欠ける。
(俺もまた同じか………)
糸杉の森に入れば月光は途絶え、ただ闇が横たわる。
没落して久しい神聖ローマ帝国の死に場所には滑稽で相応しいだろう。
光から闇への転落。
帝国から亡国へ。
森の殊更大きな糸杉に神聖ローマは背を預けて座り込んだ。
もう、一歩たりとも歩けない。
(あぁ、疲れた……………)
大して移動をした訳ではないのだが、ここのところ床に就いてばかりだったために呼吸が荒い。
肺腑に空気を入れるべく、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
呼吸が整うと、とろとろと疲労が眠気を呼んだ。
このまま流れに神聖ローマが身を委ねるだけでいいのだ。
(いたりあ)
言語が上手く綴れない。
思考が交錯し、溶ける。
「いきたい?」
闇に溶けようとした神聖ローマの意識が一時的に冴える。
重たくてしょうがない瞼を何とか開け、声の主を探す。
その服は闇に溶けるように判別がつかないが、肌や髪は闇を弾く。
不可解な存在だった。
「生きたいか?
それと逝きたい?」
「なにを………」
「何かの縁だ。
死にたいなら、殺してやる。
生きたいなら、全力を持って応えてやる」
「おれは…………」
生きたい。
唇が叶うとは思えない願いを零した。
ソレは艶然に嗤い、神聖ローマの手を取って、口付けた。
騎士が淑女に捧げるように。
次に神聖ローマを襲ったのは、熱の本流だった。
熱くて熱くて仕方がない。
熱に浮かされながら、神聖ローマの意識は溶けた。
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