蒼い顔をした神聖ローマがベッドに横たえられている。
微かに上下する胸の動きだけが、彼の命があること告げた。
神聖ローマは鉛の様な四肢を何とか動かして起き上がろうとした。
否、それすらままならないまでに彼の肉体は衰弱していた。
廊下を走る足音がどんどん近付き、乱暴に神聖ローマの寝室の扉を開けた。
「兄上!」
「……………まり……ぁ」
久しく大気を震わせなかった神聖ローマの喉から掠れた音が出た。
神聖ローマの弟にして、漆黒の鷲を掲げるプロイセンが、取り乱した様子でやって来たのだ。
予想よりも遥かに弱った容貌には、死の影がちらりと覗く。
嫌だ、置いていかないでと、プロイセンの幼い部分が泣きわめくも、プロイセンは努めて冷静を装った。
「兄上…………」
「俺は………………死ぬのだな」
ぽつりと呟いた。
プロイセンよりも年若い姿形をしている神聖ローマだが、瞳に歳を重ねた者の持つ独特な光を湛えている。
死期を悟った者の目だ。
「なに気弱になってんだよ!兄上はずっと居てくれなきゃ困るんだよ!!」
普段よりも更に体温の低い神聖ローマの手を握り、叱咤した。
プロイセンの数少ない大切な国の一人にして、唯一の兄と仰ぐ国。
「イタちゃをとの約束はどうすんだよ!?迎えに行くんだろ!!!」
神聖ローマが誰よりも、それこそプロイセンよりも大切に大切に想っている国の名を叫ぶ。
未練を感じて欲しい。
生きたいと叫んで欲しい。
ずっと、生きていて欲しい。
プロイセンの心を透けて感じたのか、神聖ローマはただ苦笑を溢した。
余力を振り絞り、プロイセンの頬をそっと撫でる。
「マリア…………いや、プロイセン」
柔らかな声がプロイセンの言葉を奪った。
もう良いのだ、と眸は語る。
「プロイセン、俺はオマエが好きだったよ。
何時も独りぼっちで寂しがり屋の癖に、強がって見せる。そんなオマエが愛しかった」
これは、離別の言葉だ。
鮮やかな緋が潤む。
嫌だ。
「泣くな、どんなモノもいずれは死に至る。誰にも避けられない」
嫌だ。
何で、どうして。
音にならない言葉が、プロイセンの内で生まれては消えた。
戦乱の地に産まれ落ちたプロイセンは誰よりも《死》を感じている。
病・寿命・事故・戦争………………数多の《死》を知り、時に与え、時に与えられる。
永遠なんて絵空事に過ぎないなど、重々承知している。
それでも、喪いたくないのだ。
「死ぬなよ………!」
神聖ローマはそんなプロイセンに微苦笑を浮かべ、そっと優しく頬に触れ、疲れた様に目蓋を閉じた。
___呼吸が止まる。
輪郭は薄れ、肉体は身を包む衣服ごと光に溶けた。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
慟哭が響いた。
永 遠 な ど な く て
人は祈る
永遠の幸福を
人は強張る
永遠の生命を
そして知っている
永遠などないのだと___
自作お題:coccoで10題(晴れすぎた空)より
110923 下書き
110928 掲載