【病】



パラレル要素あり
黄笠成立済み





この世界には、様々な《病》を人は必ず持っている。

あるいは、運命として抱えていると言っても良い。

その病は完治はあり得ない。

人はただ、折り合いをつけて付き合っていくだけだ。



 *



世の中には、持病と自病がある。

前者は、なかなか治らず、常に、または時々起こる病気。

そして後者は、運命病とか業病とか呼ばれる、特殊な《病》。

この運命病や業病は生まれてから死ぬまで付き合っていかなくちゃいけないものだ。

まぁ、症状が出始めるのは人によってまちまちで、それこそ赤ん坊の時から悩まされている者もいれば、死ぬ寸前まで症状が出ない人もいるそうだ。

平均的には三十代中頃までには、日本の人口の八割は自病が発覚しているらしい。

またこの《病》には三つの共通項がある。

一つ目は、誰もが持っている事。

二つ目は、《病》が進行すると病気症状以外の《侵食》がある事。

三つ目は、《病師》に《薬》を診て貰えることで、症状を押さえられる事だ。

俺はすでに《病》の症状や《薬》も分かっているし、確保できている。

センパイは潜伏期間中で、二十代ぐらいなら、分かっていない方が多いくらいだし、俺も気にしてはいなかった。



そんなセンパイが倒れたのは、付き合って五年目の夏だった。

俺とセンパイはセンパイが俺の仕事を慮って同居してくれないんで、お互いの家に訪れるしかない。

俺の邪魔になりたくないんだ、とあの力強い目で言われてしまうと、俺も一先ずセンパイの考えに頷いた。

ま、できるだけ早く、芸能界で地位築いて、センパイと暮らすからね!

そう決意したことを、今俺は後悔している。

もっと、もっと、早く一緒に暮らせば良かったんだ。

あの人が無理しがちだし、甘えるの苦手だし、自分の事にはにぶにぶだから。

俺が、気がつかなければいけなかった。



____センパイの左目から真っ青な花が咲いた。







「ゆきさん、おはようッス」

「ん……いま、おきる」


気怠そうにベットから這い出るセンパイ__ゆきさんを見守りつつ、着替えを側に置いた。

のそのそと動く様はゆきさんの髪と相成って、小動物__それもハリネズミを思い起こさせた。

そんな姿を想像してすこしばかり唇を緩ませる。

絶対、ハリネズミなゆきさんも可愛い。


「自分で着替えられるから、先リビングに行っていろよ」

「はーい」


俺がいることを忘れたいなかったらしいゆきさんに促されて、生着替え鑑賞会はあえなく終了。

残念だけど仕方がない。

ゆきさんは基本的に、自分の左目__《病》の病巣を俺に見られるのを嫌がるから。



ゆきさんは、今から三ヶ月ほど前、《病》が発病した。

それ自体は大きく問題がなかったけれど、進行が早過ぎたのだ。

ゆきさんの《病》は身体寄生花症候群という奴で、体内で蔓が形成されて、神経系を圧迫あるいは乗っ取る業病だ。

本来、それらの進行は比較的緩やかに起こるのだけれども、ゆきさんの《病》起点が不味かった。

左目からだった。

目は脳にほど近く、色々な神経の通り道に近い。

だから、他の身体寄生花症候群の患者よりも、進行速度が桁違いに早かった。



俺が休暇をもぎ取って、ゆきさんの家に訪れた時、深い海の瞳を突き破りその花は咲かせた。

ゆきさんが床に倒れている姿に、どれだけ俺が肝を冷やした事か。

自分よりも大切な人が死んでしまう。

混乱の最中で、赤司っちに連絡を取れたことだけは、自分で自分を褒めたいくらいだ。

ゆきさんの《薬》を調べて貰って、今はなんとか悪化を防いでいる状態だ。

自分の事を疎かにし勝ちだし、ゆきさんのご両親や俺の親を説き伏せて、同棲に踏み切った。

ゆきさんの仕事は……残念だけど辞めてもらった。

発病してから下半身に少々麻痺が出たからだ。

俺も芸能人から、デザイナーになれる様に鋭意努力していく予定。


「きせ?」

「あ! ゆきさん、もーちょっと待っててね。今、魚が焼けるから」

「分かった」


こうして俺に頼る事をゆきさんが歯痒く思っているのを気付いている。

俺に負担ばかり掛けているって気に病んでいる。

全然、気にしなくていいのに。



俺は今、すっごく幸せ。



ゆきさんはいつだって《強い人》だった。

辛い事でも踏ん張って、弱音なんて殆ど吐いてくれなくて。

俺ね、このままゆきさんが俺を置いてどっか行っちゃうんじゃないかって思ってた。

自分の力で道を開くことが出来る人だから。



そんな不安と、一緒に過ごす幸福の中で、ゆきさんの《病》は発症したのだ。

正直言おう、倒れていた姿に震えたのも、慌てたのも、失う事に恐怖したのも本当。

同じくらい、ゆきさんを家に仕舞い込める理由が出来たのも、嬉しかった。


「ゆきさん、おいしい?」

「うん。うまい」


ゆきさんは、もう俺だけの、もの。




下書 150617
掲載 150625

身体寄生花症候群
笠松先輩は左目から真っ青な花が咲く病気です。進行すると体が動かせなくなってきます。星の砂が薬になります。 http://shindanmaker.com/339665
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