七月の始め頃だったか。
日本はイギリスから『薔薇を見に来ないか?』と誘われたのは。
その約束が果たされたのは八月の初頭だった。
ゆったりと恋人同士の甘い毎日を過ごせていた。
日本は一緒に過ごした四日間を幸せな気持で思い返していた。
イギリスに頼んでの観光も、二人出歩いた湖も、もう昨日までのこと。
イギリス邸の振り子時計が深夜十二時を告げた。
後三日したら日本も帰らなくてはならず、次会えるのは最短で四ヶ月後であった。
「(楽しい時間は過ぎるのが早いですね)」
日本は窓辺から月を見上げて独り言つ。
美しい満月がひとり、夜を照らしていた。
コンコン
「日本?起きてるか」
控え目なノックと囁くように声を掛けてきた。
___イギリスである。
「はい。起きていますよ」
「庭に出ないか?」
日本はイギリスと連れだって夜の庭に出かけた。
昼間とは違い鮮やかで濃い草花が、より深みを帯てどこか見知らぬ世界を創っていた。
満月に照らされた不可思議な世界は酷く幻想的だった。
日本はイギリスに手を引かれるままに庭を歩いた。
視界の端に淡い光が目に付いた。
「(蛍ですかね)」
「日本」
「はい、何ですか?」
イギリスは手を離して日本の方を振り返った。
そして懐から星が先っぽについたステッキを取り出した。
「少しだけ、目を瞑ってもらってもいいか?」
日本からの了承を得ると、イギリスは早口に何かを呟き始めた。
生憎日本には聞き取ることはできなかったが、魔法の呪文という奴だろうか。
日本は少し子供のように胸を高鳴らせていた。
「____いいぞ」
ゆっくり目を開けると、沢山の淡く暖かな光が日本の目に映った。
淡い光を放つ生き物___いわゆる、妖精だった。
「イギリスさん!はじめてみました!すごく、綺麗です!」
頬を紅色させ日本ははしゃいだ。
「今日は満月で、ここはサークル内だからな」
イギリスは自慢気に笑った。
「べ、別にお前に見て欲しかったわけじゃないんだからな!」
『俺が見たかっただけだ!』とイギリスは早口で巻くし立てた。
しかし日本は月明かりでも見て取れた赤く染まったイギリスに気付いて、クスリと笑みを溢した。
「ありがとうございます。とっても、嬉しいです」
「/////」
《もう、イギリス!今日はダンスをするために誘ったんでしょう?》
《紳士を語るならもっとリードしなはれ》
小さな人が愛らしい声で口々にイギリスを急かした。
イギリスはコホンと、一息入れて姿勢を正した。
「………月の下で踊ろう」
日本はその艶やかな笑みに見惚れてから、微笑んだ。
「喜んで」
そっと手を取り引き寄せた。
日本は少し困った顔でイギリスを見上げた。
「…………女性パートは踊ったことがないのですが………」
「俺がリードする」
こうしてイギリス達は踊り始めた。
妖精達が奏で口ずさむ音楽と共に。
それは夢のような一時だった。
やがて空が白み始めた。
夜明けだ。
日本の目からひとり、またひとりと、妖精が消えていく。
《話せて楽しゅうござんした》
《イギリスと仲良くしてあげてね!イギリスが泣いちゃうから》
「な、泣かないぞ!」
「はい分かりました」
《また、会えたらいいなぁ》
「…………はい」
そしてもう日本の目には妖精は映らない。
魔法が解けたのだ。
朝焼けの空を見つめながら日本はぽつりと呟いた。
「イギリスさんの見えているモノが私にも見れて嬉しかったです」
「また、月の下で踊ろう」
「はい!」
オワリ
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