六人目

黄笠成立済みで二人ともDK
時期的にインハイ後




____それは突然のできごとであった。





 黄瀬涼太というは人間いつも視線を集める存在である。それはその顔の造形や高身長・モデルという職業柄はもちろんであるが、黄瀬自身が持つオーラによる所も大きい。華やいできらきらしている。本人曰く、イケメンッスからねとか。この返答に某K高校の残メンは真顔で爆散したらいいのにと言っていた。黄瀬、爆発しろ。
 今、黄瀬は十六年の人生史上初の『モブ』な体験していた。周りが目立ちまくって埋没するっていう方法ではなく、自身が目立たない方向でだ。

「黒子っちっていつもこういう気分だったんスかね?」

 朝起きて来たら変なメールが一通来ていた。開いてみると『今日一日、貴方は透明人間です。色々と楽しんでみてください』との事だ。黄瀬は変な悪戯メールが来たなーとスルー。人が疎らな列車に揺られて海常高校のバスケ部専用体育館に着いた。先に部室の方へ行けば既に鍵は開けられていて、黄瀬はにへらっと笑う。一番に部室と体育館の鍵を開けるのは自身の恋人でありキャプテンでもある笠松であることを黄瀬は気付いているからだ。
 手早く練習着に着替えて体育館に急ぐ。朝練すら始まる前の時間と放課後の部活とその後の自主練くらいしか一緒にいられない事が多い。人がいない今ならキスの一つや二つくらい出来るかもしれない。キスで潤んで真っ赤に照れた笠松を思い浮かべれば歩みも早くなる。

「おはよーーーございまーーす!!」
「おはよ、って……」

 体育館には黄瀬が予想した通り笠松が既にいて、手元のクリップボードに視線が固定されている。本日の朝練の内容の確認をしているのだ。一通り確認し終わった笠松は顔を上げてきょろきょろと周りを見渡した。その仕草が小さい子みたいで黄瀬はときめいた。内心身もだえつつも、後からぎゅっと笠松を抱きしめた。

「っ!?!?!?」
「センパイ、おはよ……ビスコッ!!?」

 黄瀬が笠松を抱きしたら、強烈な肘鉄が顎に決まった。いつもよりも過剰といってもいい攻撃に半分涙目で黄瀬は唇を尖らせた。

「ちょ、センパイ酷いッス!! なにも肘鉄しなくてもいいでしょ!!」
「え、は? 黄瀬……?」

 そんな黄瀬に謝るでもなく心配して寄るでもなく、どこか不思議そうな顔で笠松は辺りを見回して小さく名前を呼んだ。その様子に常と違う事を察してそっと笠松の前に黄瀬は躍り出る。笠松の視線が黄瀬と絡まないで、別の方へ向く。今度は驚かさないようにそっと笠松の手を握った。手を取られた一瞬、笠松は身を固まらせたがそのまま指を絡めた。

「黄瀬? そこにいるのか?」
「センパイ……俺が、見えない、の?」

 自信なさげな笠松の声に、黄瀬はぐらぐらと自分の中の何かが揺れた。二人の間に沈黙が落ちる。ただ繋がれた手だけは離さないように力が籠った。

「おっはよーーーー!! って笠松、一人で何してんだよ?」
「ッ」
「もりやま」

 森山の発言から黄瀬が笠松にもまた森山自身にも黄瀬が見えていない事が判明した。黄瀬はさらに手を握り締めた。痛みを笠松に訴えたが、これだけが頼みなんだと叫んでいる手をどうして振り払えるだろうか。黄瀬の目がみるみる潤み、ぽろぽろと涙を零す。

「黄瀬、泣くな」

 不器用にたどたどしく黄瀬の涙を拭うべく笠松は感触だけを頼りに動くのだった。



「つまり、黄瀬は透明人間になっちまったんだな」
「……はいッス」

 泣き止んだ黄瀬は笠松を後から抱きしめながら、そう森山に返事をした。見えていなくとも確かに触れ合っている感触はあり、その温かさを笠松に伝えてくれる。しかしもどかしさを笠松に残す。

「今日一日は様子見だな」
「……」
「黄瀬〜、ここはポジティブに考えようぜ!」

 黙り込んだ黄瀬を労し気に見つめる笠松の間には重たい空気が落ちる。それを払拭するべく、森山はことさらからかい混じりに笑った。

「今日黄瀬は透明人間じゃん」
「そっスね」
「笠松と一日一緒に居放題だろ!」
「!!!」
「おい……おい」

 それは気付かなかったとばかりに、黄瀬はガバっと顔を上げて拝む。そんな黄瀬を視認できない笠松であるが、何やら可笑しい事になり始めてるのは感じ取れる。森山にやにやと笑いながら続けた。

「本来学年が違うし、同性同士。しかし目立つ黄瀬が見えないんじゃ手を繋いだり、一緒の教室で過ごしたい放題じゃねーか」
「それは…………すっっっっごくイイッス!!」
「いや、それは___」
「今日は特別って事で許してやれよ」

 いつも通りなら悶々とあんな事やこんな事への妄想大暴走であろう黄瀬に気付かれないようにそっと森山は耳打ちをした。曰く、落ち込み易いんだから甘やかしてやれよ、と。黄瀬は心許した相手に対しての感情の振れ幅は大きい。キセキの世代だったり、海常バスケ部の面々だったりはその対象だ。その中でも特に黄瀬への影響が大きいのはバスケ部キャプテンであり、恋人の笠松に他ならない。
 簡単に言えば、黄瀬には一先ず笠松を与えておけばおk。

「だめ……スかぁ?」

 この犬、あざとい。心細気なその声に笠松は折れるしかなかった。



 センター用にと一応取った倫理の授業は基本的に詰め込み型だ。基礎知識をセンターで出易い所を中心に浚って行く授業は単調で眠気を誘う。普段であるならば、笠松は眠さを堪えつつノートにシャーペンを走らせるのだが、本日はそれを投げ出した。幸い森山も選択しているので後でノートを借りる事だけは頭の隅に留めつつ、そっと絡めて来る黄瀬の手を愛でた。
 席替えで窓際の一番後と中々の好条件の席を手に入れた笠松は、時に窓の外のグラウンドを見つめつつ、時にひなたぼっこを決め込んで眠ったりしている。今日はイレギュラーな存在__黄瀬の相手をさせられている。さすがに授業中であるし、姿の見えない黄瀬と会話をするわけにはいかない。黄瀬もそこら辺の配慮ができなそうに見えてできる男。さすがモデルか。
 その代わりに手を絡めて来たり、足に擦り寄ったりしてくる。大型犬が飼い主にじゃれついている感じと言った方が分かり易いかもしれない。ただ犬と違ってたちが悪いのは時折、それに色めいたものが混ざっているところだろう。本当に、あざとい。

「!」
「んー? 笠松どうした?」
「いや、なんでもない」

 黄瀬を遊ばせるように笠松は左手をだらりと垂れ下がらしている。その手の指を絡めていたり、黄瀬の頭にやったりとしていたのだが、スルーされるのに面白くなくなった黄瀬が、戯れに手の甲に唇を落とした。顕著に反応をした笠松に笑みを深くした。甲に指先に押し当てれば、顔を真っ赤にして半分涙目で黄瀬がいる辺りを睨む。

(センパイ……まじでかわいい)

 根本的な解決は何一つできていないし、どうなるか分からない。それでもこの人が、隣にいてくれるなら、大丈夫。そんな根拠のない確信に黄瀬は笑みを零す。そっと笠松の耳元で黄瀬は囁いた。

「センパイ、大好き」
「ッ」

 更に顔を真っ赤に染めた笠松は机に撃沈した。



140605 下書き
140609 掲載
【突然のできごと20題】
4.透明人間になった!
TOYさまよりお題拝借
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