鞘おじ★出会い編




ざわざわとした音がする
どこか落ち着かない、自分の中の何かを揺さぶる
___そんな音がする
ざわざわ
ざわざわ



「___サー・ランスロット?」
「………何でしょうか?」

部下からの呼びかけで、思考に溺れていたランスロットは引き戻された。
これから行われる、封印指定魔導師の捕縛作業の前にぼんやりとしていた己を反省し、意識を切り替える。
その魔導師は大国にて公爵の稀有な才能を有している娘を誘拐し、殺害したらしい。
最近子供の行方不明も多発しており、件の魔導師が潜伏している可能が高い。
故に近隣諸国一の騎士と言われているランスロットや選りすぐりの先鋭が捕縛に参加となった。
ランスロットは彼が仕えている王家ほどではないにしろ、直感に優れている。
騎士として修羅場を潜り抜けた経験からか、それとも湖の貴婦人に育てられたからかは定かではない。
しかしながら、ランスロットを急かすような音が身の内より届いていた。

「……行きましょう」
「はっ」

やや堅い表情のまま作戦の位置についた。





突入した魔導士の塒はなんとも不愉快な処だった。
どの部屋であろうが鉄臭さが鼻をつき、拐ったであろう子供達はあるものさ痩せ細り、ある者は実験のためズタズタに肌を切り刻まれて、部屋の隅に子供の亡骸が積み重ねられている。
子供達が閉じ込められた隣には、魔導士の実験によって生みだろう生き物やホルマリン漬けにされた肉体が泳いでいる部屋があった。
その部屋に隠された扉をランスロットは見つけた。

「(”注意を逸らす””上位封印”ですか……)」

扉に施された術式を読み取りながら、内心ごちる。
中々に力ある魔導士らしく、複雑な術式を何とか時間をかけてランスロットは取り除いた。
あの魔導士の仲間ならば捕らえる必要性があるし、もし子供達のような被害者ならば保護が必要だ。
ランスロットは慎重に扉を開いた。
無機質な部屋に明かり取り用の小さなはめ殺しの窓からの光が何とか室内を照らしていた。
ごちゃごちゃと積み重ねられた実験器具は使用していないのかやや埃を被っている。
そんなことよりもランスロットの視線を奪ったのは、部屋の中央に寝かされていたガラスの棺だ。
棺の中にはやや青み掛かった水で満たされていて、その内に含むモノをたゆたわせていた。
棺の中には白い男がいた。
衣服はなく、髪は白く、肌も病的に白く、自身と違い華奢な体型で、水の色のせいか人形じみていた。
その男の半身は醜く歪み盛り上がりどこか不気味で人でないように思えた。
こぽり。
棺の男の口から小さな空気が漏れた。

「……生きている……?」

慌てて棺の蓋を横にスライドさせた。
中に満たされていた水__多量の精霊の涙__に含まれる魔力が、酒気のごとく鼻をつく。
酔う様な香りの中、ランスロットは中の男を引き上げる。
布越しに伝わる体温は低いが、確かに暖かみがあった。
女性とは比べても軽く、ランスロットの眉が寄る。
自身の外套で素早くその男を包み、横抱きにする。

「……!…………!!」
「すぐそちらに向かいます!!!」

遠くから聞き覚えのある部下の呼びかけに、大声で応えた。
煩かったのだろう、ふるりと睫毛が震え、目覚めにランスロットが気付いたのは、腕の中の男が言葉を紡いでからだった。

「…………だ…れ……」

久しく使われていなかったのであろう男の声は掠れて小さい。
弱々しく儚い男の存在を裏切っていたのは、その目だ。
白と黒の色違いの瞳がランスロットを捕らえる。
白く濁った瞳は失明をしているのか焦点を合わせることはないが、唯一の色と言っても良い黒い瞳は炯々と輝いている。
自身を脅かす存在を警戒し、絶対に折れるつもりのない意志が凝っていた。

「私はブリテン王国の騎士ランスロットと申します」

なるだけ怖がらせないように努めて穏やかに話し掛ける。
抱きかかえているその人に負担を掛けないように気遣いながら歩き出す。

「貴方を保護しに来た者です。もう、大丈夫ですよ」

ランスロットはそっと笑いかけた。
その人は少し驚いたように目を見開き、ぽろぽろと泪を零した。
声もなく泣く姿は、憐れみを覚えると同時に、純粋で美しいと思った。
迷子の幼子を思わせ、生家を喪った旅人のようでもあった。
ただ、その人が泣き止むまでランスロットは待つことを決めた。


おわり



支部 121209
掲載 140314
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