沈黙の歌い手01

【沈黙(ちんもく)】
一、黙って口をきかないこと。
二、活動をせずに静かにしていること。

【歌い手(うたいて)】
歌を歌う人。歌を歌うの職業にしている人。声楽家。歌手。



沈黙の歌い手01



もう一人のボクを見送ってから明日で三年目になる。
どうしようもない胸の空白に、漸く慣れたけど、この満たされない気持ちは永遠に埋まらない。
直感的に理解っている。



だって、君がーーーもう一人のボクがいないんだもん。



君とボクとを繋いでいたあのパズルは、乾いた大地の下に呑まれてしまった。
あのパズルをボクは探してしまう。
でも、何時だって掴むのは虚空。
そんな癖だってなおっていない。
こんなに情けないボクじゃ、君に怒られちゃうね。
三年の月日が流れたボクらは君と共に過ごした学び舎から巣立って色々な道へと別れていったんだよ。
ボクはーーー卒業してから、世界中を旅しているんだ。
ビックリした?
意外だって思ったでしょ?
君からもらった決闘王という”証”に恥じない自分になりたいんだ。
そして、何時の日にか君に返せるように、君以外に負けないように、いたいんだ。



ごめん。
話がずれちゃった。
三年、三年経ったから。
久しぶりに日本で会う事にしたんだよ。
ちょっとした同窓会かな………?
皆も仕事なり、学業なりに慣れて振り替えれる余裕ができたのかもね。
城之内君や本田君や杏子に会うのは、本当に久しぶりだな………。
皆自分の夢を叶えるために毎日頑張っているんだ。
城之内君はカメラマンの見習いだって言っていたな。
本田君は今大学に行っている。
杏子は高校の時宣言していた通りダンサーを目指して渡米した。
御伽君もアメリカの美術学校行きながら、ゲームのプロデュースやデザインをしてるって。
獏良君や海馬君も大学に通いながらプログラムや社長業をやっている。
海馬君やモクバ君とは他の五人に比べれば会う方かな?
ボクはね、決闘王としてKCのPRをするっていうことで入社したんだ。
ボクの旅のスポンサーもKCってこと。
ちょくちょくKCの大会とか、他のDMの大会に出てるよ。
あぁ、そう言えば。
この前、神カードが会った頃、二人でデュエルしたあの子、君は覚えてる?
あの大会の後、あのデッキでデュエルした城之内君によく似た子。
あの子に会ったよ。
あの夢に出てきた”クリボー”、あの子にあげたんだ。
その方がいいと思ったから。
あの子は海馬君が設立したデュエルアカデミーの生徒みたい。
いつか、また会えるかな?



君といた時間が段々思い出せなくなっているんだ。
君と過ごした、何気ない日常の会話。
M&Wの話や学校の事とか本当に色々話したのに。
忘れちゃうのはしかたのない事なのかな。
ボクは忘れたくないのに………。



君に会いたいよ。

君ともっといたかった。

君の隣にずっといたかった。

君がずっと隣にいて欲しかった。





君は今、天国(あるのかどうか分からないけど)で、どうしていますか?













ふと、気が付くとボクは懐かしい場所ーーー自分の心の部屋の中に立っていた。
君がいた頃とあまり変わらない、おもちゃ箱のような部屋。
真新しいのは壁や机の上に飾ってある写真や、床に散らばっているボードゲームの中にここ三年以内の物が増えている程度だ。
後は………君がいない、以外には。
他に目を向けると、懐かし過ぎる君の部屋へと続いていた扉に目が釘付けになった。
もう、その扉ですら失われているんだと思っていた。
きっと、その扉を開いても、君へと繋がる扉はないだろう。
そっと、ドアノブを掴んだ。その先に何もない事なんて容易に予測できる。
それでも心は泣くんだ。
分かっていても、理解っていても。
開けないわけにはいかない。
『モウ二度ト此所ニハコレナイ』と、直感が囁く。
確かめないまま帰って、ボクは後悔したくないから。
ドアノブを回して一気に引いた。
あの頃と寸分も変わらない部屋に、泣きたくなった。
切ないくらいこの部屋は変化していない。
古めかしく、ちょっとひび割れたレンガの壁に扉が二つ。
一つは木でできたボクの部屋への扉。
もう一つの鈍色の鉄の扉も記憶と違わずあった。
そこの主はもう、いないのに。
嬉しくて、でも切ない。

「………開いた………………」

事実に戸惑いすらも感じながら、ボクは部屋へと足を踏み入れた。
入ってから、顔を上げると視線が重なり合う。

「え?」

ここは”心の部屋”。
この部屋に、世界に、他者は存在しない(例外はほんのちょっとあっても)。
その人物はボクから丁度死角になる位置に立っていて、目線が合ってから恭しく一礼をした。
礼と共に肩よりも長い金髪がさらさらと流れた。
男女の判別すらどうでも良い事の様に思える美人だ。
どうして此所にとか、貴方は誰ですかとか、数々の疑問が頭の中で生まれたが声帯を震わす事はついぞなかった。
頭の中はぐちゃぐちゃにこんがらがり、うまく言語変化はできなかった。

「初めまして。デュエルキング」

「………えぇっと、初めまして」

その人はボクの事を知っているようだ。
もしかしてボクは夢を見てるのかな、もう一人のボク。
ここは心の部屋じゃなくてボクの脳みそが見せた幻影で、都合のいいとこだけ見せてるとか。
あ、でも、ボクはこの人見た事ないと思うんだけど。
あぁ、どうしたら良いんだろう?

「これを貴方に届けに来ました」

そんなボクの心情を完璧に無視して、その人はボクの掌に小さな箱を転がした。
条件反射で受け取ったは良いものの、どうしろというんだろう。
視線をその箱に寄せた。
濃紺のシックな感じのラッピングを施された箱。
重さを感じさせない、掌に乗る程度の大きさだ。

「どうぞ、お開け下さい」

「は、はい」

勧められるがままにラッピングを解いていく。
子供の様にビリビリに破くわけにもいかず、丁寧に剥がす。

「過去が過去に、今が今にあるために。

 過去が今に、今が未来になるために。

 貴方の大切な人が、貴方の大切な人になるために」

「え?」

手を止めて顔を上げた。
その人は煙りのように消えていた。
そんな人物はいなかったんだと言いたげだった。
また、作業に戻る。
少し乱暴に開封すると小さな箱の中にはカードと金の指輪が一つづつ入っていた。
指輪の表面にはエジプトの王家の墓の壁に刻まれていた象形文字が刻まれていた。
あいにく、なんて書いてあるは理解できなかった。
何とはなしに、指輪を左の中指にはめてみた。
ちょっと大きかったかなっと思ったときにはピタリと指に合った。
………夢だからなんでもありか………。
気にしないにこしたことはないだろう。
そしてカードに目をやる。


《 人を教え、人にし、思いを与えん 》

《 長く、遠き、場を越えて 》

《 我は奇跡をおこさん 》


まるで呪文のような文字の列。
無意識的にボクはその文字を読み上げた。
身体はボクの存在を忘れてしまった様に動きだす。
身体はボクの都合を無視したままウジャトの前に立つ。
そのまま右手はドアを押し開けた。
白い白い世界が延々と続く。
やっぱり君はいない。
真っ白な世界の空中に身体は浮かぶ。
一分にも満たない時間だったか、一時間もソコにいたのかは分からないがボクの意識が溶け始める。
眠りの前触れのようでもあり、死神の手招きにも似ていた。
そして思考は完全に停止した。
ボクはこの時の事をよく振り返る。
この奇跡の前兆(まえぶれ)を。
一度目の奇跡は言うまでもなく、あのパズルの完成と彼との出会い。
二度目に訪れたこの奇跡はボクの生きる糧になった。
きっと、あの人が起こした奇跡。
その後の人生でもう二度とあの人とは会う事がなかったけど、ボクはきっと忘れない。



そして、再び物語の幕が上がる。






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