欲しがり君のお願い



黄瀬は、欲しがりだ、と俺は思う。
例えば、青峰の強さを、火神の跳躍を、緑間のシュートを。
様々な技術を盗むことに長けている。
いや、それはいい。
バスケの事だから。
黄瀬のその”欲しがり”は日常生活まで及ぶ。
例えば、コンビニの新発売のお菓子だったり、辞書とか参考書だったり。
物品ならまだいい。
もっと困るのは人だったり、時間を貸してと言われる事だ。

「笠松センパイ借りますね〜!!」
「おうおう、行って来い」
「休み時間終わる前には帰って来いよ」

昼休みに俺の教室に突撃して、一緒に昼飯を食べてるクラスメイトに断って俺を連れ出すのはよくある事だ。
おまえ、クラスに友達いないのかよ、と心配になる。
チャイムが鳴ってからそう時間が経っていないものの、食堂に流れた人・売店に出向く人・クラスで弁当を食べてる人と大体別れた後で人通りは疎らな廊下を手を引かれる。
連れて来られた先は大して人の出入りがない、数学準備室だ。
入って戸を閉めてしまえば酷く笑い声が遠くなった。

「センパイ……」
「あ?んんぅ…………」

低く呼ばれた声に顔を見上げればすぐ傍まであり、容易く唇を重ねて来る。
食むように唇を弄ばれ、苦しくなって開いた隙間からは舌が入り込む。
ぴちゃ、ぴちゃ、と水音が羞恥心を喚起する。
突き放すなんて出来ないくらい空気を奪われてしまえば、抵抗する事もままならない。
抵抗から縋るようになってから漸く黄瀬は俺から離れた。
腰が砕けた俺をスマートに支えるのが悔しいやら恥ずかしいやら、唾液で濡れた唇を片手で拭いつつ、きっと睨んだ。
にへら、と笑う姿はモデルとしてどうなんだって程崩れている。

「大好きっス、センパイ」
「……俺も」

分け合う体温は嫌いじゃない。
そっと、身を寄せた。



 * * *



いつまでもぐずぐずしてる訳にはいかず、持って来た弁当を広げる。
パンとサラダで軽く食べる黄瀬は女子か!と突っ込みたくなるほど、昼は大して食べない。
よくそれで放課後の練習が終わるまで持つものだと思う。
俺は親に作ってもらった割と大きめの弁当のおかずをつつきながら、ちらりと黄瀬の顔を見遣る。
黙っていれば、本当にカッコいいのになぁ。
喋れば残メンというのはどうして多いんだろうな。

「笠松センパイの全部が欲しいっス」
「は?」
「もう!聞いてなかったんスか!!」

突然の変な発現に思わず聞き返した俺にぷりぷりと怒りながら、唇を尖らせた。
百八十越えの野郎がやっても寒いだけなはずなのに、顔面偏差値の高さのせいかあざと可愛い。
某残メンに言わせれば『それでお姉様方を落とせるなんて、マジ爆発しろ!!今すぐに!!!』と叫ぶに違いない。

「センパイの心も身体も思い出も過去も未来も今も全部全部欲しいんス」
「なんでそんな風に思ったんだよ」
「絵本だったスかね。何でもあげちゃう女の子の話を思い出したんスよ」

どっかの御伽噺の一つだ。
腹を空かせた人に自分の持っていたパンを与えて。
寒いと言って泣いている子に自身の持っている衣服を与えて。
そうやって自分の持っていた全てを与え続けた少女の物語。

「それが、似ているな、って」
「似ているか?」
「はいっス!!」

どう考えても似ているとは自分では思わない。
その少女のように善良というわけでも、頼まれたら断れないという質でもない。

「部員ひとりひとりに心を割いているとことか、痛かったり悲しかったりする所を持っていく所とか……」
「……」
「一人で辛い所を抱えてしまうところが似てるス。だから___」

___もっと貴方が欲しい。
真摯な瞳が声が言葉が雄弁に胸の内を語った。
猛烈に顔が熱い。

「頼って、心をもっともっとください」
「………………ばぁか……」

赤い顔を誤摩化すべく、手の平で顔を覆いつつ、小さく悪態をついた。
もう少しだけ、待ってくれ。
そんな感情を込めながら。






後書き
自分で書いときながら、なんだこのバカップルって思いました(笑)
欲しがりの黄瀬君て、全部欲しそうですよね。
想いから、心に身体に、過去から未来まで。
声も独占したい、瞳に写るのが自分だけだったら良いとか。
抱え込んでいる負の感情まで全部全部欲しがるイメージからできたんですけどね……?
なんか色々迷子になりました。

グリム童話『星の金貨』


掲 載 130905
再掲載 131208
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