闇の檻





糸に絡めとられる

引きづり込まれら先は暗く重い深淵

羽撃けない鳥はただ堕ちた



闇の檻



 十五畳程の広過ぎると感じるこの部屋は何処か湿り気を帯びた闇を纏いながらよそよそしさをこの部屋の住人に落とした。部屋の住人は物心がついた時から使っているが一項に主人と感じた事はなかった。この家に君臨している化け物のせいか、将又自身が抱えている問題のせいか、異物感を少年は感じていた。少年の名は間桐雁夜。かつて成敗戦争に参加し、何一つなせぬまま死んで逝った同姓同名の魂と人格と記憶を抱いて生まれ堕ちた。雁夜がそっくりそのまま『マトウカリヤ』であるのかは解らない。しかし記憶と変わらぬ家の姿や記憶と変わらぬ幼馴染や爺の姿や概ねの雁夜の立ち位置は変わる事なくあった。
 そう、”概ね”。多少ながら雁夜と『マトウカリヤ』との差。例えば雁夜は『マトウカリヤ』の最期の一年間を経た後の様な容姿をしていた。白髪と失明した左目と引きつった左側の皮膚。その容姿は産まれたときからあった。それ以外にも___。

「雁夜、部屋に戻ってたんだ」
「……雁箭」

 雁夜には同音の名を持つ双子の兄がいた。記憶にある『マトウカリヤ』の顔と同じだが決定的に違うのはその髪の色に他ならない。禿げている妖怪はさて置き、雁夜の兄である鶴野は青みがかった黒い髪をしており、『マトウカリヤ』は真っ黒な髪色だった。雁箭の髪色は蟲蔵に入った後の、桜の髪色に近い。殆ど同じ顔の筈なのに、雁箭の時折浮かべる表情にどきりとさせられる。見知らぬ他人の様な自分の顔。どこか不気味で、雁夜は苦手意識を持っていた。
 雁夜がどう思おうとも、雁箭は無邪気に雁夜を慕う。しかし鶴野を雁夜と同じように慕っているならば、あまり雁夜も気にしなかっただろう。雁箭はただ只管に双子の半身を慕っている。その献身的なまでの思慕はどこか狂気を帯びているのを雁夜は本能的に気付いていた。
 『マキリカリヤ』のような自由に動く手足もない雁夜は、彼の様に実家から飛び出すことが出来なかった。醜い容姿もさることながら、酷く病弱だったことも理由の一つだ。内臓機能は一般人の半分以下しか働いておらず、季節の変わり目には容易く体調を崩した。動かない手足に病弱な身体では、実家を出て、働くこともままならない。何より次期当主となる雁箭が自身の元から雁夜がいなくなることを酷く嫌った。一応義務教育だからと小中は通った物の、高校になったら通信制のモノに有無を言わさず切換えされて、高校に通うことはなかった。
 唯一交流があるのは、かつての幼馴染である葵とセカンドオーナーである時臣ぐらいで、家に引き蘢っていることが多い。そうなると、暇を潰せる物が、書物ぐらいに限られてしまう。一応、どっかの魔術師の家と違い、間桐の家は電気・水道・ガスが通っており、大体の部屋には暖房と冷房が完備されている。誕生日として雁箭がネット回線を設備し、パソコン一式を揃えてくれたおかげか、雁夜は増々引き蘢っている。

「ふふふ、構ってよ」
「……はぁー、ベットで読書するから、邪魔しないなら好きにしろ」
「うん!」

 部屋にある大きめのベットは二次成長を迎えて大人に格段に近付いた少年二人が寝転がっても余裕がある。雁夜は枕にほど近い所に腰を下ろして書斎から引っ張り出した古そうな書物の頁を捲る。ごろごろと懐く姿は猫のようだ。『マキリカリヤ』はこういう風に誰とも触れ合うことはなかった。近付く誰かにこの家の薄暗い所を見られるのは嫌だった。ここにいても、ここを出て行っても、薄暗い闇は雁夜にこびり付き、光ある場所に行くのを、そこ生きている人と触れ合うのを躊躇わせる。性懲りもなく禅譲葵に再び恋した雁夜は婚約して幸せそうに笑う彼女に想いを伝えることは叶わなかった。あんな酷いことを言われたのに、彼女の首を絞めて殺したのに、それでも雁夜は彼女に叶わない恋をした。家族がいようが、ずっとずっと独りだった『マキリカリヤ』と違い、雁夜には雁箭がいた。苦手意識はあってもこんな風に体温を分け合うのは嫌いじゃなかった。
 雁夜は思考を切換え、目の前にある本に意識を向けた。



 * * *



 止まり気味だった頁を捲る音が一定になったのを確認した雁箭は半身の背中に擦り寄った。雁箭を苦手に思っていても、こういう風にくっ付いているのを雁夜は厭わない。自身よりも柔らかな陽射しの香りを嗅ぎながら、雁箭は色々と算段を立てていく。
 雁箭は実質この間桐を支配していると言っても過言ではない。実力は間桐臓硯よりも上だし、あの老獪の本体も幼いころに確保してある。色々と経営の才能がある鶴野に采配させていて、どの事業も上向きに発展中だ。大学そろそろ卒業だし、間桐の持っている事業のどっかに放り込む予定だ。

(にしても……あいつらウザイなぁ)

 間桐は度々変な輩に襲撃を受けている。曰く『ゲンサクが』とか『イレギュラー死ね』とか喚きながら突っ込んで来るのだ。魔術師もピンキリだが含まれていていい感じに蟲蔵の餌となっている。雁箭の大切なとっても大切な雁夜を誘拐しようとしたり、殺そうとしたりするのだ。それは雁箭にとって許されざる悪徳だ。雁夜にバレないようにこっそりやることも面倒だが心優しい雁夜が悲しそうなのは嫌だ。まぁ、バレても爺がやったようにしか見えないが。
 もう一人苛立たしいのが、禅譲葵とかいうヤツだ。遠坂の所のボンボンと結婚するのは決まったけど、雁夜の意識はまだ葵に向かっている。解り易く言えば、恋情だったり思慕と言った感情が彼女に向かっているのだ。

(ずるい……ずるい!!俺は雁夜の全部が欲しいのに、後から来たヤツが奪う何て間違ってる!!!)

 雁夜が雁箭に苦手意識を持っているのか。それは簡単だ。恋情と呼ぶには黒過ぎて、愛情と呼ぶには狂気じみている、雁箭から雁夜への気持ち。誰にも渡したくない。自分だけの、モノにしたい。
 いっそのこと殺してしまおうかと、画策している。そろそろ六十年に一度の魔術儀式も近い。『成敗戦争』。賞品も、名誉も、実績も、何一つ雁箭の興味を引かなかったたが、丁度いい。御三家である間桐も遠坂も必ず参加し、遠坂から選ばれるのは禅譲葵の夫となる時臣だ。戦争中に参加者の誰かに利用されて禅譲葵が殺されれば上々。駄目でも戦争参加者の誰かが殺したように見せかければいい。

(そうすれば、ずっと……雁夜は俺のもの)

 薄暗い笑みを消し、雁箭は何事もなかったように、最愛の片割れの元へ急ぐ。少年の禍々しい笑みを見たのは、嘲笑う様な三日月だけだった。



おわり



設定
とある平行世界の運命パロ
双子設定
紫おじ:雁箭
執着や感情のベクトルが全て双子の片割れの雁夜に向いている
魔術の素養は高く、跡継ぎとして教育を受けている
雁夜を性的に愛している
蟲爺をぶっころできる程度のスペック
ただ、雁夜を繋ぎ止めるのには利用できると思って生かしてます

白おじ:雁夜
二周目雁夜(原作エンドのループもどき)
生まれながらに色素がなく病弱
それでも性懲りもなく、葵さんに恋をする
記憶はあるもののイレギュラー(双子の兄)に困惑気味
抗うのさえおっくうな程絶望している



掲 載 130521
再掲載 131208
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