きせき




ほろほろと零れたプロイセンの涙がようやく止まった頃、部屋を先ほどの待合室に移した。
クラシカルなソファは神聖ローマがいた頃に流行っていたものに似ている。
神聖ローマの隣にプロイセンが座り、向かい合う形でイギリスが腰を下ろす。

「ところで、ここは……?」
「あー、俺ん家だ。ただし、神聖ローマがいた時代から二百年ほど後だけどな」
「………は………?」
「兄上、イギリスが言っているのは本当だぜ」

確かに、イギリスの発言を一蹴できないのは神聖ローマ自身も感じている。
蝋燭よりも遥かに明るい光源や大きく透明なガラスは、神聖ローマの知る一国の王でさえ持っていなかっただろう。
今テーブルに置かれている白磁もかつて貴族が褒め讃えた頃よりも、細緻な図柄に艶やかな色彩が踊っている。
何より、プロイセンの身体が十七・十八といった風貌だったが、齢二十を越えたしっかりとした肉体を持った青年の姿となっている。
この変化がたかが十年二十年という短時間で起こるものではないのは理解に及ぶ。
しかし、しかし!

「俺はどうやってここにいるんだ?」

推定原因を神聖ローマは睨みつけた。
さっ、とイギリスは視線を逸らす。
そこそこ交流がイギリスとあった神聖ローマは、溜め息を噛み殺した。
この不思議国家が何かやらかしたに違いない。

「……俺が描いた魔法陣が暴走して、オマエが呼ばれたんだよ」
「相変わらずオメェは……」
「少しは自重しろと昔言った気がするんだが……?」

イギリスはゲルマン兄弟にジト目され、さらに拗ねたように顔をそらす。
お茶請けのジンジャークッキーを頬張りながら、自身の事を考えてみた。
少なくとも今現在、神聖ローマの肉体は病に侵されている感じはしないものの、自身が欠けているように感じる。
自身が自身であるための証明。
アイデンティティと言っても良いだろう。
それは人間としての自分ではなく___。

「神聖ローマ帝国は、もうないんだろう?」

プロイセンが悲痛そうに眉を寄せる。
それが何よりも答えだ。

「イギリス、この状態はいつまで続けられるか分かるか」
「……いつまで保つか分からないが、しばらくは大丈夫だと思う」
「そうか」

これはきっと神が自身に与えた褒美なのかもしれない。
あのまま消えるのでなく、未来を夢みる権利。
この命が尽きるであろう、微かな時間。
あの時見る事の出来なかった風景を、この目で。
あの時果たせなかった約束を、この身で。

「……そうと決まれば、まず兄上は勉強だな!」
「は?ばんきょう??」
「確かに、昔とは随分と様変わりしたからな」
「ここに滞在してて良いんだろう?イギリス」
「仕方ない。まー……俺のせいだしな」

ぼそりと小さく付け足したイギリスの一言に苦笑を零した。
この友人の率直でないところは今も昔と変わらない。
神聖ローマは願う。
朽ちるであろうこの躯が長く永く続けば良い、と。
それを願ったのはきっと一人ではない。



こうして、現代イギリスにきせきがおこった。



下書き 120903
掲 載 120904
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