生命はいずれ終わるものだ
それが何百年と生きている木であっても
それが”国”であっても
悲しくなかった、というと嘘になるが、でも覚悟はできていた。
成長を止めた自分の肉体に、徐々にだが各自に蔓延る病の症状。
終焉の足音が聞こえないわけがなかった。
(イタリアとの約束が守れないな)
やっとのことでベットから起き上がり、けだるさを騙し騙し庭へと出た。
庭といっても名ばかりで、かつて神聖ローマが大切に想い共にイタリアと過ごした野原に似ている。
ともに花で編んだ冠の詰め草が風にそよいでいる。
会いに行こうと思えばできないわけじゃなかった。
けれど弱っていき、いずれ消えるであろう神聖ローマの想いなど、あの子にとって重荷にしかならないがわかっていた。
いや、そんな相手を思ってじゃない。
こんな姿を見られなくなかった。
別れてからさらに成長したであろうあの子と、別れてから何一つ変化のない己。
見られたくない。
それは神聖ローマのちっぽけな意地だった。
でも、もう…………いい。
あの子は弱いけれども、愛される国だ。
弱いことが許される国だ。
きっといつまでも、色々な国と共に在り続けるだろう。
……その隣に神聖ローマがいることはないが。
(あぁ、でもあの弟は大丈夫だろうか)
神聖ローマには一人の弟がいた。
エルサレムのドイツ人の聖母マリア病院修道会を経て、ドイツ人の聖母マリア騎士修道会となり、プロイセンと名を変えた弟は象徴から国になった。
それは異色の国と言っていいだろう。
放浪したどり着いたところが、神聖ローマのところだった。
荒んだ目は他者を厭いながら、求めていた。
どこか似ていると思った。
だからなのかもしれない。
国益とは別に、彼を弟と呼んで、手を引いたのは。
弟は強い国になった。
誰よりも負けない意志を持ち、剣を握り世界へ飛び出した。
何処が敵であろうとも、あれは騎士としてあり続けるのだろう。
世界中の国が敵になっても、その意思を貫くのだろう。
そのまっすぐさは眩しく、少し羨ましい。
弟は大きくなった。
背は抜かれてしまい、弟の顔を見上げる。
出会った頃と変わらない親愛の笑みを浮かべたその表情は年相応に幼くうつる。
変わらず、弟は一人だった。
『ひとりサイコー』って強がる寂しがり屋の弟を、神聖ローマは置いて逝かなくちゃならない。
あの子と違い、甘えるのも、頼るのも苦手な弟を独りにしてしまう。
なら、最期に彼のことを願う。
(マリア、お前が誰かと共に笑えていることを___)
出会った頃に弟を呼んだ名前を呼ぶ。
ただ、幸せを祈ろう。
消えゆく意識の中、神聖ローマは願った。
もう二度と目覚めぬ眠りの中で。
瞳を閉じた神聖ローマの輪郭があいまいになる。
肉体が淡い光に還ろうとした時、まばゆい光が部屋に現れた。
円と六芒星と文字とが織りなす、魔法陣。
それはぽっかりと中央に闇を出現させ、神聖ローマを呑み込んだ。
そして、神聖ローマはいなくなる。
ねっとりと絡みつく闇の中に、神聖ローマはいた。
国は神の国へ行くことは叶わないのかと、自嘲する。
神の国は信者___ひいては人間のための場。
国とは光と影を内包する場。
いけなくとも、仕方がない。
(ここはどこだろう)
地獄と呼ぶには、何もない。
天国と呼ぶには、暗すぎる。
何もない、どこか。
___
無音の空間に微かな音が聞こえた気がした。
留まるよりも、進むことにした神聖ローマは、音のほうへ歩き出す。
___………
さっきよりもはっきりした音が響く。
___神聖ローマ
そして、鼓動が脈打った。
やわらかな寝台の上で神聖ローマは目覚めた。
来るはずのなかった、明日があった。
目覚めたことに驚いたのもつかの間、覗き込んだ顔と目が合って再び驚く。
弟___プロイセンだった。
最後に見た時よりも、随分と青年となった彼は、その赤い瞳を潤ませ、笑った。
その笑顔は変わらない。
「奇跡だ」
幸せな夢を見ているのだろうか。
最期に願ったから、見れたのだろうか。
神聖ローマを掻き抱いたプロイセンの腕の中で、その暖かさを確かに感じる。
あぁ、なんて幸せな奇跡だ、と。
下書き 120628
掲 載 120628