奇跡と呼べばいいのだろうか。

神聖ローマ帝国。
かつてそう呼ばれた国がヨーロッパの片隅に存在した。
イタリアをこよなく愛し、ローマに憧れたその国の化身は、ある日忽然と姿を消した。
その内在する力はほぼ衰え、緩やかだが確実に崩壊へと歩んでいたのは確かだが、あまりにも突然だった。
隠居同然の化身の世話役が行方を探せども、痕跡一つ見つけることができなかった。
その捜索も数年後にやってきた帝国の解体の混乱期で有耶無耶なまま月日は流れることになる。
誰も【彼】の行く末を知らない。





時は2000年。
二度の世界大戦を経て、ようやく世界は安定へと向かった。
二十一世紀になれば大戦の傷跡も癒え、様々な文化が花開く。
その時代になっても、”彼ら”は変わらず存在していた。
”彼ら”___国の化身達は。


場所はイギリスの首都ロンドン郊外にその屋敷はあった。
何百年と年を経た独特の重厚な雰囲気を持っているが、屋敷の主の人格なのかどこか郷愁を刺激する。
春にでもなれば屋敷の庭には色とりどりの花々___特に薔薇が咲き乱れるであろう。
この屋敷の主人___イギリスは自身の趣味でもある庭作りにせいを出して___いなかった。
現在イギリスはこの屋敷の隠された地下室にいた。
光一つ差さないこの部屋は電気が普及したこの時代においても、天上からつり下げられたランプのたより無さげな光を頼っていた。
足下にも無数の蝋燭が床に描かれた円を取り囲むように灯され、それらが合わさることで結構な光量となっている。

「___これで完成」

床に這いずってチョークを動かしていたイギリスが、ようやく上体をあげ満足そうに呟いた。
床に描かれた円___魔法陣は六芒星を基礎とし、惑星のシンボルを組み合わせられていて、更に取り囲むように文字が円に沿って記されていた。

「これでハロウィンの準備完了だな」

三十日に呼び出し、三十一日にアメリカを驚かす。
毎年のように繰り返して来た通りに。
何時もと違うとしたら、魔法陣を変えた所だろう。
そして仕事の都合で、いつもよりも一週間程早く呼び出したことか。
毎年喚んでいる巨大な妖精ではなく、蔵書の中に埋もれていた魔道書を引っ張り出して使用した。
イギリスの腕をすればよほどの事が無い限り失敗はしない。
凝り固まった肩を回しながら、息を吐いた。

   ィィィ______

「何だ?」

ビィィィィィィィィィィィィィィン

魔法陣が明滅しながら青白く光り始める。
光はさらに強く輝く。
___魔法の暴走だ。
突風がイギリスを襲い、頭を庇うように腕でガードする。
目を開く事が叶うような光と風が、一瞬後には唐突になくなった。
室内は吹き荒んだ風で、蝋燭の火は消えて倒れている。
折角、描いた魔法陣は蝋燭やその蝋で崩れてしまった。

「はぁ」

先ほどよりも薄暗い室内で、溜め息を零した。
儀式の準備は細かく手間が掛かる物が多い。
徒労を嘆くのも仕方あるまい。

「片付けなきゃ____ん?」

イギリスは円の中央にある固まりに気付いた。
警戒しながらも、そろそろと近づき、触れる。

「ようせ____って、人間か!!?」

体を抱き上げ、顔を覗き込んだ。
何処か、見知った顔。
膨大にある記憶の中から思い出し、イギリスは目を見開いた。

「ま、まさか……神聖ローマ……?」

その腕の中に、今確かに亡国はいた。
時を越え、場を越えて。
奇跡が起きたのだ。




日 記 120517
再掲載 120522
修 正 121106
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