後出しプロローグ。 | ナノ



後出しプロローグ。


 新しい世界は、いつもわたしに驚きを提供してくれる。
 ただしそれは、自分から近づかなければ気付くことはできない。



 タクシーに揺られながら、飛行機なんて初めて乗ったね、と小さくボールに語りかけた。ボールが少しだけ揺れる。
 つい数時間前にイッシュ地方に降り立ち、現在ある町を目指して移動中の、この少女。白衣を短く仕立てた上着に、ピンクのスカート。短い茶色の頭には黄色い帽子。名前をイノという。
 フキヨセ空港でタクシーを捕まえるも、長時間の移動になると告げられたため、窓からのんびりと景色を眺めていた。

「ところでお客さん、どこから来たのさ」
「はい、ジョウトからです」
「そりゃまあ遠いところから、観光ですかね?」

 ときおり抜ける高層ビルの群れを見上げながら、運転手と他愛もない世間話を交わす。生まれて初めての空の旅だったせいなのか、この陽気なお天気のせいなのか、気を抜くとつい眠ってしまいそうになる。そのうち話のネタが尽きて双方が無言になったところで、イノはこれまでの旅に思いを巡らせていた。

 さっきはジョウトから来たと言ったが、実際には、直前まで旅をしていたのは別の地方だった。熱帯気候が特徴の、ここイッシュとは対照的な雰囲気を持った地方。一年と少しの期間だったが、心身ともに転機するきっかけが出来たり、思わぬ再会を果たしたりと、とても印象深い旅だった。そしてその地方に行く前は、さらに別の地方を旅していた。さながら、根無し草。故郷を聞かれればジョウト地方と答えるものの、今はほとんど帰っていない。
 思えば、随分と遠くまで来たものだ、と感慨にふける。最初は逃げるように始まった旅だった。いろんな地方へ行き、多くの人と出会って、たくさんのことを学んだ。旅を通じて成長できたのかは分からないけれど、これまでに積み上げた経験と知識が今の自分を生成していると思うと、こんな自分でも大事にしたいと思えてくるから不思議だ。

 うつらうつらしてはハッと目が覚めることを何度か繰り返した時、車は緩やかに止まり、着きましたよ、と運転手の声。
 料金を払い、去ってゆくタクシーを見送る。タウンマップを広げ、現在地を再確認。
 ここはカラクサタウン。起伏に富んだ地形と、路地を見渡せる高台が特徴の町。そしてその名の通り、町にはツタが生い繁っている。マップの説明文によると、これは繁栄の証なのだそうだ。特に大きな観光スポットがある訳ではないが、のんびりとした雰囲気の明るい町だ。
 あそこには何も無いよ、観光にしては物好きだね。と運転手が話していたのを思い出す。もしかしたら、空港からの移動中に通過した、あの巨大な大都会がイッシュ地方を象徴する街なのかも知れない。確かに、あのビル街と比べたら、ここは地味な田舎町に感じるだろう。

 けれど彼女は、あえてこの街を拠点に動こうと考えていた。
 誰に言うまでもなかったが、小さな想いがそこにはあった。


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