ミオの図書館にて | ナノ



ミオの図書館にて

 帽子を膝に置いて、彼女は眠っていた。


 ミオシティの図書館に入り浸るようになって数ヶ月経ったある日のことだった。自分と同じように、毎日のようにここへ来て、本を読んでいる来館者が居ることに気付いた。濃茶の短髪に黄色い帽子を被った、デンリュウを連れた女の子。気が付くと、一番隅の机で、いつも静かに本を読んでいた。自分より年下にも、年上にも見える。背は多分、自分よりもすこし、小さい。
 シンオウにまつわる伝説の本を熱心に読んでいるところを見ると、どうやら他の地方から来たらしい。声を掛けてみようと思ったこともあったが、特に話し掛ける理由もなかった。毎日、同じ机の端と端に座って、お互いに干渉することもないまま、黙々と本を読み続けていた。自分は、片っ端から本を選んで読んでみたり、飽きて外へ出かけてみたり。彼女は、時々デンリュウに小さな声で話しかけたり、何かをノートにまとめていたり。
 そんな一日をいくつか過ごしたある日、いつものように図書館に行くと、いつものように彼女は隅っこの席に座っていた。ただ違ったのは、いつもはたくさんの本を積み上げてそれに没頭している彼女が、今日は帽子を膝に置き、机に突っ伏して寝ていることだった。

「風邪、引いちゃいそうだねぇ……」

 呟くも、特に自分に出来る事も無く、いつも通り本を取り出して席に着く。しばらく本に夢中になっていたが、ぱさり、と布擦れのような音がして顔をあげる。けれど、見渡してみても、何かが落ちたような形跡は無い。
 もしかして、と机の下をのぞくと、やっぱりだ。向こう側の机の脚元、黄色い帽子が、ひしゃん、と潰れて床に落ちていた。

 拾った方が、良いのかな。

 いつも隣に居るデンリュウは、今日はボールの中なのか、彼女の他にこの部屋に居るのは、自分一人。自分が動くか、持ち主が起きて気付くまで、帽子は床に置かれたままだろう。それは何だか申し訳ない気がして、音を立てないように椅子を立ち、机の反対側に回る。いま彼女が目覚めてしまったら、自分はただの不審者になってしまうことを案じて。

 帽子の落ちた隣の椅子を、静かに引き出す。慎重に屈んで拾って、最後に油断した。机の裏に、頭をぶつけた。後頭部から鈍い音が、目からは光が飛び出す。

「い、たぁ〜……」

 後頭部をさすり、直後に慌てて頭を引き抜く。起きた。今ので絶対起きた。
 屈んだまま見上げると、寝ぼけた緑の眼と目が会う。やましいことは何もしていないのに、居心地が悪くなる。

「う、ん……あれっ?」
「あ、どーも……おはよーございます……?」

 思わず間抜けな挨拶を返した自分の、気の抜けた声が静かな館内に響いた。


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「すみません!あ、頭、大丈夫ですか……!?」
「あっ別に大丈夫……こちらこそ、なんだか、ごめんねぇ」

 本の内容をまとめていたはずなのに、いつの間にか眠っていた。微かな振動で目が覚めると、隣の席の下でうずくまる人と目が合い、今に至る。この人を、わたしは知っている。わたしと同じく、毎日のように図書館に来ている、だけど軽い会釈くらいしかしたことの無かった人だ。
 さきほど、寝ていた私の代わりに落した帽子を拾って下さって、おまけに机に頭をぶつけてしまったと聞いて、申し訳なさが募る。

「本当に、すみません……」
「ボクが、勝手に取ろうとしたんだし」

 不思議だ、お互いに顔は知っていたのに、今こうして初めて、隣に座って話をしてる。

「わたしは、イノ、と言います。えっと……」
「あぁ、ボクは、リベル。改めて自己紹介するのも、おかしな感じだね」

 ぴょこん、と跳ねる癖っ毛を揺らして、くはは、と笑うリベルさん。結構前から通ってるよね、と聞かれ、はい、とわたし。

「イノちゃん、シンオウの人じゃないよね?」
「はい。ジョウトから来ました」
「そっか。遠いねぇ」

 ジョウトかあ。そう呟いて、何かを思い出している様子の彼女に、もしかして、と一冊の本を渡す。『シント遺跡、その起源』と表紙に書かれたその本は、ジョウトのどこかに存在するという、幻の遺跡についての伝説が記されたものだ。良く分かったね、と目を丸くするリベルさん。

「シンオウ地方とジョウト地方、二つの地方の伝説が伝えられるこの遺跡に興味があって、ここで調べていたんです」

 ここでは、他にも何冊か同じような資料が見つかった。ジョウトには詳しい資料が無く、口頭伝承という形でしか残っていなかったので、とてもありがたい。

「なるほど、あのノートは、そのための、か」
「えっ……ノート、み、見ましたか?」

 あわてて手元のノートを隠す。情報を羅列しただけの、拙い走り書きを見られるのは、堪らなく恥ずかしいものだ。大丈夫、見てないよ、と笑われる。……ああ、恥ずかしい。

「伝説とか、そういうのに興味、あるの?」
「はい。あまり詳しくは、知らないのですが……」

 それなら、とリベルさんは、シンオウ地方に伝わるたくさんの伝説の話をしてくれた。それはとても興味深くて、面白い話ばかりだった。どうして、もっと早くにお話しなかったんだろう。どうして、わたしから声を掛けなかったんだろう。自分から動こうとしないのは、ずっと直らない、わたしの悪いところだ。帽子の落ちた偶然に、そして、あちらから声を掛けて下さったことに、感謝しなきゃ。


 それからしばらく後の話。
 さらに遠い地で、この図書館での小さな出会いを、わたしは再び感謝することになる。


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ラッピィさん宅の、リベルちゃんとの出会いを妄想しました。
次は、イッシュでお目見え出来たら……!

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