牧場で出会ったあの子 | ナノ
牧場で出会ったあの子
ここは マサゴタウン
うみにつながる すなのまち
「こんにちはーっ ごめんくださあーい!あけてーーー!!」
朝早く、まだ町が完全には目覚めていない、穏やかな空気の満ちるマサゴタウン。その一角で、静けさを破る声が響いた。
「はーかーせー!いるんだろぉー!?あーけーてーよー!」
この町のシンボルでもある、ナナカマド研究所。その扉を、紺色の髪をお団子状に結った少女が、ドンドンと叩いていた。
静かな朝の空気を揺らすその声に、町の人々はなんだなんだ、と顔をのぞかせる。そんな人々の視線も気にせず少女が声をあげ続けていると、突然、研究所の扉がバタン、と開いた。
不意を突かれた少女は叩く手を振り上げたまま、ポカン、と口を開ける。開いた扉の先には、白髪に髭を蓄えた、恰幅の良い初老の男性が仁王立ちしていた。男性から発せられる物々しい雰囲気を物ともせず、少女は歓声をあげた。
「あっ!アンタ、ナナカマドはかせだろ!?わーっ本物だ!
はじめまして!ポケモン下さい!!」
バッ、と両手を差し出して、目を輝かせる少女。しかし、返ってきたのは笑顔などではなく、
「このばかもの!朝から非常識に大声で喚き散らした挙句、名乗りもせずに要求だけを述べるとは何事だ!!」
ビリビリと地面を震わすほどの怒号だった。
一瞬ひるんだ少女だったが、すぐにまた元の笑顔に戻り、
「そうか、名前だな! わたし、ソノって言うんだ!
ここでポケモンもらえるって聞いて、キッサキから来ました!ヒコザル下さい!」
元気に自己紹介をしてみせた。この少女―たった今、ソノと名乗った―は、中々に図太い性格らしい。
黙ってソノの話を聞いていたナナカマド博士は、おもむろに口を開いた。
「わたしが、ウム、と頷くと思ったか? 何の予告も無しにやってきて、朝からやかましく騒ぎ立てる……
そのような非常識な者に、大切なポケモンを預けられる訳がなかろう」
その言葉の直後に、開いたときと同じく、バタン、と扉が閉まる。
ケチー!という叫び声が町に響いた後には、再び朝の静けさが戻った。
−−−−−−−
時は正午。早朝にナナカマド研究所に突撃し、見事に門前払いをされたソノは、まだ町をぶらぶらと歩いていた。
マサゴタウンは、海に近い、のどかな町。道の両脇には牧場が広がり、草がそよそよと風に合わせて揺れる。
「あーあ、はかせのケチンボ!一匹くらい、くれたって、いいのに」
ぶつぶつと文句を言いながら、道の小石を蹴っ飛ばして歩く。
「ポケモン持ってなきゃ、アイツ捕まえられないじゃんか……」
さっきまでぷんすこと怒っていたかと思えば、今はがっくりと肩を落として座り込んだ彼女を、牧場の柵の向こうから見つめる少女が一人。
道の真ん中で急に座り込んだソノの様子を、興味深げに観察している、くりんとした瞳。その緑の目が、顔をあげたソノの、金色の目とぶつかった。
「ねーねー、そんな所でしゃがんで、何してるの?」
「何してるように見える?」
「うーん、お腹が痛くなった、とか……?」
ちっがーう!と叫ぶ声に、少女は聞き覚えがあった。
「あっ!もしかして、今朝、研究所で叫んでた子でしょ」
「んえっ!?聞こえてた?」
「そりゃもう、町中に響いてたよー。博士すっごく怒ってたね」
「あのケチはかせな!ちょっとくらい、話聞いてくれたっていいのにな!」
また怒り出したソノに、あんだけ騒げば怒られちゃうよ、と少女は笑う。
「ところで、どうしてそんなにポケモンが欲しいの?」
「んお、よくぞ聞いてくれた!実はな、どーしても、つかまえたいヤツが居るんだ!
でも、わたしまだポケモン持ってなくて……」
ふーん、と聞いていた少女は、何か閃いたように、そうだ!と手を叩いた。
「あたし、協力してあげよっか?」
「んえっ!ホント?」
ポケモン、欲しいんでしょ、と、にっこりと笑う。
「きみに、ポケモンのゲットの仕方、教えてあげる!」
「えっ やったー! あのケチはかせに比べて、アンタはなんて優しいんだ!神様か!」
「えー、うれしいなぁ。それじゃあ張り切って教えちゃうよー!」
思わぬ救いの手に歓喜するソノだったが、思い出したように、あ、と声をあげた。
「えっと、名前がまだだったな!わたしの名前は、ソ――」
「ソノ、でしょ。それもばっちり、聞こえてたよ!
あたし、チア。よろしくね!」
ガバリと立ち上がったソノは、「チア様々!」と、少女の手を握り、ぶんぶんと振った。
−−−−−−−
チアの提案で、二人が移動したのは202番道路だった。
曲がりくねった途中に転々と草むらが茂るこの道では、ポケモンをゲットしようと草むらを掻き分ける者や、腕を競うためにバトルをしかける、若いトレーナー達の姿が良くみられる。
バトルを繰り広げている短パン小僧達の邪魔をしないように配慮しながら、道路の入り口近くの草むらに、二人は入った。
「さーてと、まずはポケモンを見つけなきゃね」
野生のポケモンは、急に飛び出してくる。チアはいつでもてもちを繰り出せるよう、ボールに手を掛けながら慎重に進む。ポケモンやーい、でてこーい、と、ソノも後に続く。
草むらを真ん中ほどまで進んだ時、目の前の茂みが、大きく揺れた。
「あっ、チア!出たぞ!」
「あれは……ビッパだね。いけっ、エコ!」
飛び出してきたのは、小さなつぶらな瞳に太く長い前歯が特徴的な、ピッパだった。シンオウ地方では、よく見かけられるポケモンだ。
対するチアが繰り出し、光と共に現れたのは、大きな尻尾と愛くるしい顔立ちをした、小さな桃色のポケモン。
「おお!?見たことないポケモンだ」
「ホウエンのポケモンでね、エネコ、って言うんだ」
ビッパとエコは、お互いに距離を取りつつ、いつでも攻撃が出来る態勢になっている。
「まずは、ポケモン同士を戦って、弱らせるのが基本だよ。エコ、『たいあたり』!」
「みゅおーん!」
可愛らしい鳴き声とは裏腹に、重い一撃がビッパに当たる。
攻撃を受けたビッパは一瞬ひるんだが、素早く距離を置くと、一声、大きく鳴いた。
「なんだアイツ?ビビったのかな」
「『なきごえ』だね。あの技で、エコの攻撃力を下げたんだよ」
「ええっ それじゃ、まずいんじゃないか?」
大丈夫!見ててって。そう言って、チアはもう一度エコに技を指示する。エコの大きな尻尾が大きく振られ、ビッパの顔を何度もはたいた。『おうふくビンタ』だ。
頭を叩かれてフラフラとしたビッパは、それでも態勢を立て直し、エコに『たいあたり』を仕掛ける。しかし、エコはそれをヒラリとかわした。勢い余ったビッパは、そのまま草むらに倒れこむ。
「おおー!すごい!」
「よし、そろそろ良いかな。あのね、ある程度体力が減ったら、ボールを投げて捕まえられるんだよ」
チアはモンスターボールを取り出す。そして、狙いを良く定めて、
「いっけー!」
勢いよく、投げた。
−−−−−−−
「……と、まあ、こんな感じかな。本当は、攻撃して体力を減らすだけじゃなくて、
毒を浴びせたり、まひさせたり……特殊な技で状態異常にすると、もっと良いんだけど」
ゲットしたビッパを草むらに逃がし、チアは「どう、分かった?」とソノに尋ねる。
「うん、よーく分かったぞ!たたかって、弱らせて、ボールを投げる!
んで、じょうたいいじょうにすれば、もっといい、だな!」
「そうだよー」
うんうん、なるほどな!と大袈裟に頷いたソノは、チアの手を、ギュッと握った。
「ありがとう!チアのおかげでな、ほんとに、助かった!」
「こっちこそ、協力できて良かったよ!」
「つかまえたら、いちばん最初に、チアに見せにくるからな!」
楽しみにしてるね、と笑うチアに、まかせとけ!とソノ。
じゃあな、バイバイ!と、駆け出した背中を見送ったチアは、あっ、と気付いて呟いた。
「あの子、てもちが居ないのに、どうやって捕まえるつもりなんだろう……」
声を掛けようと慌てて振りむくも、既にソノの姿は無かった。
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風車小屋さん宅の、チアちゃんとの初対面を妄想しました。
こっそりと続くんじゃよ。
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